ファイナンス 2023年3月号 No.688
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90 ファイナンス 2023 Mar.吉見:複数の国の税関から類似のデータの提供を受け、現在も研究を進めています。もちろん国によって扱いに違いはありますが、私がデータの提供を受けている国に関して言えば、日本の共同研究方式よりも広い範囲の研究者がアクセスできるようになっています。多くの研究者がアクセスできるということは、多くの政策的課題が多角的に検証されるということであり、重要なメリットと言えます。反面、例えば輸出入者や仕向人、仕出人の名前など、研究に必要でも機密性を理由としてアクセスできないことも多くあります。現在私達が参画している共同研究方式では、国家公務員としての任命を受けることで、研究に必要とされる輸出入申告データすべてにアクセスすることができます。この点は機密の保持と研究上の要請が両立されるという点で大きなメリットだと感じています。国によって適切と考える機密保持と研究者の利便性のバランスが異なり、それぞれにメリットとデメリットがあると感じています。安藤:研究者にとっては不便が多いと思われる共同研究方式にもメリットがあると評価されているとは思いもよりませんでした。この共同研究という方式を実施してみて他に感じたことはありますか。吉見:取引や事業者の細部にわたる情報を利用し、研究を進めていくことで、政策等に活用されるより広く深い示唆を見つけ出すことができます。一方で、個別の申告者の情報が明らかにならないように配慮することは極めて重要です。なぜなら、それがなければ申告者の不信感につながり、申告者が正しい情報を税関に申告するインセンティブに重要な影響を与えてしまうからです。研究上の要請と秘密保持を両立するため、どの程度の深堀りならば社会に許容して頂けるのかを検討する必要があり、こうした点で苦労が無いとは言えません。ですが、この点でも共同研究という方法にメリットがあると思います。研究者はなるべく詳細な情報を利用したいと考えますが、財務省職員はなるべく申告者の情報を守りたいと考えます。これは立場上当たり前のことです。互いに議論を深め、その落としどころを探ることができる点も、共同研究方式の大きなメリットだと考えています。また、データを研究に利用する場合、各データ項目の意味や解釈を正しく行うことが必要不可欠になりますが、特に部外者がこれまで利用できなかった輸出入申告データについて、研究者は知見を持ち合わせていません。今回の共同研究では、アカデミアとしてのバックグラウンドのある財務総研職員に加え、関税局・税関での勤務経験のある職員が一体となって研究に参画しています。これによって、研究実施上の疑問点を研究者・行政の間で共有しつつ、一つ一つ解消していくことができます。こうした実務側からのサポートは非常にありがたいと思っています。吉元:近年様々な国の貿易個票データが利用されるようになり、日本でも今回の共同研究を皮切りに輸出入申告データひいては行政データの更なる活用が期待されています。政府によるデータ利活用の課題や展望についてどのようにお考えでしょうか。吉見:まず課題という面では、より長期間のデータが利用可能になることが望ましいと考えます。今回の共同研究では2014年~2020年の7年間分のデータを利用させていただいていますが、もう少し長期間のデータを使いたいと感じることはあります。例えば2008年のリーマン・ショックを皮切りに、2011年には75円台まで円高が進行しました。こうした歴史的な経済変動が貿易に与えた影響も、長期間のデータがあれば深く検証することができます。研究上の要請という観点だけでなく、行政の政策評価においても長期の行政データを残しておくことは極めて重要と思います。政策の効果は短期的なものだけでなく、中長期、具体的には数十年単位で検証されるべきものであると思います。今後Evidence Based Policy Making(EBPM)を推進する上で、長期間のデータを用いた分析は必須だと考えます。そのために、長期の行政データを適切な形で保存し、機密性を担保しながら研究に利用できる体制を整えていくこと

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