ファイナンス 2023年3月号 No.688
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ファイナンス 2023 Mar. 89 PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 17*6) 財務省報道発表「貿易取引通貨別比率(令和4年下半期)」(令和5年1月19日)*7) 清水順子・伊藤隆敏・鯉渕賢・佐藤清隆(2021)『日本企業の為替リスク管理 通貨選択の合理性・戦略・パズル』, 日本経済新聞出版、Ito, Koibuchi, Sato, Shimizu and Yoshimi(2021)“The dollar, the yen, or the RMB? A survey data analysis of invoicing currencies among Japanese overseas subsidiaries,” RIETI Discussion Paper, 21-E-016 他*8) 輸出貨物に係る外国における貿易取引の当事者。*9) 輸入貨物に係る外国における貿易取引の当事者。の米国向け輸出がドル建てで行われているとき、為替変動は短期的にはドル建ての貿易価格を変化させません。つまり、為替が変化しても米国の買い手が直面する価格はすぐに変化しないため、仮に円安が起こってもすぐには日本の対米貿易収支が改善しないということが起こります。このように、相手国通貨建てで貿易が行われる現象は「Pricing-to-Market(PTM)」として知られています。いわゆるアベノミクスの期間において、為替相場が円安傾向にあったにもかかわらず、日本からの輸出がそれほど伸びなかったということがありました。PTMはその原因の一つとも言われていて、例えば直近(令和4年下半期)の公表資料*6を見ても、日本から世界への輸出における円建て取引の割合は34.5%と高くありません。建値通貨を決めているのは個別の企業ですので、集計されたマクロデータを見ているだけでは、PTM行動をとる企業が多くいることの理由や、日本の輸出入の多くの部分で日本円が使われていないことの原因を正確に知ることはできません。私達は、日本の貿易に占める日本円建て取引の比率が低いことの理由として、「企業内貿易」が重要な役割を果たしているのではないかと考えています。企業内貿易とは、資本関係のある企業同士による貿易を指していて、グローバル・バリューチェーンの広がりを背景として日本の貿易においても高い割合を占めています。例えば自動車産業において、日本国内で製造した基幹部品を、海外現地の工場に輸出し、完成車を現地で組み立てて現地で販売するといったケースを考えます。多くの場合、現地の工場は日本の本社と資本関係を持っているため、この基幹部品の輸出取引は企業内貿易となります。企業内貿易では、買手と売手の利害がある程度共通していますので、資本関係のない企業同士のいわゆる「企業間貿易」とは異なる建値通貨選択のメカニズムが働いていると考えられます。例えば、私達がこれまで実施してきた企業に対するアンケート調査*7では、海外現地法人では為替リスクを負担して、それを管理するという(人材を含むリソース面の)余裕があまりないため、現地通貨建てで取引を行い、為替リスクは本社で引き受けるといった回答がありました。こうしたメカニズムは企業間貿易よりも企業内貿易で強く働くはずで、PTMを含む外貨建て取引が日本の貿易の大部分を占めることの一つの要因になっていると考えられます。輸出入申告データには広範な貿易取引に関して個々の輸出入取引の当事者である輸出入者、仕向人*8、仕出人*9、財の品目や価格の情報、そして企業が実際に選択した建値通貨(インボイス通貨)情報が含まれています。日本企業と取引相手の資本関係から、一つ一つの取引が企業内貿易にあたるかどうかを判別するには、日本の輸出入者と、外国の仕向人、仕出人の情報を得ることが不可欠となります。こうした動機から、より広範かつ詳細な情報を含む輸出入申告データを是非とも研究に利用したいと考えました。根岸:吉見先生は過去、外国の貿易個票データを研究に利用したことがあると伺いましたが、外国のデータと比較した時に、日本の輸出入申告データに特徴のようなものはありますか。

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