ファイナンス 2023年3月号 No.688
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ファイナンス 2023 Mar. 81図3 明治、昭和、平成の大津波による犠牲者の多くは、すぐに避難しなかったという「相転移」で発生したことを示す図 令和4年度職員トップセミナー (3)「相転移」とはどういうこと?(1)ネットワークという相転移の特性3.コロナ・パンデミックも相転移災害が、この図の重要性が分かっていたのは私と学会賞を決める審査委員だけでした。この図の重要性がなかなか理解されないまま、阪神・淡路大震災を迎えることになったのです。こちらの図3は岩手県宮古市田老地区の津波の高さと死亡率の関係を示したものです。死亡率が83%の点が明治三陸津波、33%の点が昭和三陸津波、そして4%の点が東日本大震災です。死亡率のデータが3つの点ともに同じ曲線の上に乗っております。同じ曲線の上に乗っているということは同じ理由で被害が発生している、すなわち『災害の相転移』が起こり、住民が逃げなかったのです。明治三陸津波のときも、昭和三陸津波のときも、東日本大震災のときも住民が積極的に避難しなかったために人的な被害が生じております。阪神・淡路大震災では火災ではなくて、古い木造住宅の全壊や倒壊によって5千人が亡くなっております。これは起ってみて初めて分かったのです。ですから政府は老朽木造家屋に耐震診断を受けさせて耐震補強を促す政策をずっと継続していますので、最近地震が起こっても、古い住宅が潰れて犠牲になる人がどんどん少なくなっております。相転移というのは実は熱力学の用語です。水の温度が0℃より下がりますと、液体からいきなり氷になりますよね。液体が固体になるのです。100℃を超えると今度は水蒸気という気体になります。このように温度がちょっと変わるだけでガラッと変化する、これを相転移というのですが、社会現象においてもこれが起こることを私が見つけたのです。『災害の相転移』というのはたくさん起きているのです。例えば、線状降水帯で雨が降りますと、河川が溢れます。昔は増水すると堤防の弱いところが壊れて、水が市街地に流れ込んでいたのですが、今は増水のスピードが速いため、堤防が壊れる前に河川の水が溢れる越流氾濫が起こっているのです。堤防全長にわたって水が溢れるため、市街地に短期間に大量の水が入り、床上浸水になるのです。床上浸水になると、床下浸水の約7倍くらいの被害が出ます。こういう相転移が起きているのです。コロナ・パンデミックについても2つの相転移が重なっていると考えると納得がいくのです。まず感染症はクラスターをつくりながら、感染者が別の場所に行って集団で何か行動してまたクラスターができる、というネットワーク状に広がっていきます。次に私たちの社会経済構造というのは、1990年代にコンピューターソフトのWeb2.0が開発されて、今コンピュータでメールでやり取りしている、つまりデータが瞬時に水平方向に広がる、ネットワーク的に広がっているのです。コロナ・パンデミックの問題が何故むずかしいのか、というと、社会経済がネットワーク化している、そして感染症もネットワーク的に広がる、こういう問題に直面しているからなのです。中国は今「ゼロコロナ」政策を推進しておりますが、これは失敗することは間違いありません。なぜかというと、かつての感染症はロックダウンや3密対策で対処できたのですが、その当時の世界の人口はたった数億人でした。今中国には14億人の人間がいるのです。2千万人以上の都市が複数ある地域でゼロコロナ政策はできないのです。我々の社会経済構造がネットワーク社会になっている、そして感染症もクラスターを形成しながらネットワーク状に広がっていくのです。

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