ファイナンス 2023年3月号 No.688
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ファイナンス 2023 Mar. 79 令和4年度職員トップセミナー (7)被害規模が想像を絶する大きさが、鳥栖市から熊本の852カ所の避難所にタイミングよく救援物資を届けることができなかったのです。何故かというと、高速道路が使えなかったので、一般道路を使って宅急便のトラックで水や食料を運ぼうとしたのですが、渋滞に閉じ込められてしまい、決められたものを決められた時間に運ぶことが出来なかったのです。被災者数は首都直下地震に比べると10分の1以下ですから、それほど大きな問題にはならなかったのですが、部分最適全体不適の典型例になったのです。それから警察も消防も自衛隊もことごとく初動に失敗しています。警察は5月に伊勢志摩サミットを控えていたので、4月に入ってから2万8千人の警察官を動員して全国で警備態勢に入っていたのです。熊本地震が発生した時、熊本県警が緊急援助隊を要請したのですが、「それはできない」ということで、地元の警察だけで対処しなければならなかったのです。でも地元の警察だけではできるわけはないのです。消防はどうかというと、消防は1948年に自治体消防になりましたので、今の消防庁は司令塔の機能を持っていないのです。ですから、出動要請で全国から消防隊が熊本に駆けつけたのですが、組織的にどう対応したらよいかが全く分からなくて、それぞれの消防隊が現場を見つけて活動することになったのです。自衛隊についても大型のヘリコプターが使えなかったということがありました。そのため、熊本市内の健軍にある陸上自衛隊の基地に救援物資を空輸することができなかったのです。私は熊本地震の検証委員会の委員長になりまして、6回ほど会合を重ねた結果、熊本地震よりも被害が大きくなると、国は災害救助法とか災害対策基本法を適用することができないことが分かりました。実は熊本地震が起こるまでは、「東海地震の発生が予知され総理大臣が『警戒宣言』を発令して対処する」というストーリーがあったのですが、その前提となる科学的根拠は危ういものでした。それがようやく地震学会において「東海地震は予知できない」と認めていただいたので、1978年にできた議員立法の地震対策特別措置法に代わって、気象庁長官が臨時情報を出すこととなったのです。首都直下地震が発生しますと、震度6弱以上が予想される地域に病院が1673あるのですが、そこに約26万人が入院しており、停電により大変なことになるのです。ご覧いただいている資料に「長期広域停電」と書いてありますが、「停電について事前にそんなに深刻に考えなくてよい」との発想になった場合には、「首都直下地震で帰宅困難者が大量に発生するが、それをどうするのか?」という課題の方に注力してしまいます。ですが、長期広域停電は地震がいつ発生しても起きるのです。ラッシュアワー時に帰宅困難者が出るというのは一日のうちのたった2時間です。地震が起きて停電する確率に比べると、24時間分の2時間、つまり12分の1の確率です。ですから、停電は必ず起きるけれども、ラッシュアワー時に地震が発生して帰宅困難者が出る確率は10分の1以下だということをきちんと理解しなければいけないのです。南海トラフの巨大地震は非常に被災者が多いということで、これには対応することができない、もう警察も自衛隊も全く人数が足りないということです。しかも我が国は高齢化社会を迎えております。令和4年4月1日に総務省は災害時の要援護者が全国で777万人いることを明らかにしました。つまり地震が発生した時に自分の力で外に出られないという人がとても増えているのです。南海トラフ巨大地震が起きると、大きな津波の来る地域は、例外なく震度6弱以上の揺れが1分以上続きます。そうすると1メートル以上の家具は全部倒れてしまいます。家具転倒防止装置というのは直下型地震のようにたった10秒くらいしか強く揺れないときには効果があるのですが、1分間も揺れると、1メートル以上の家具は全部倒れると考えなければいけないのです。私が一番心配するのはタワーマンションに住んでいる方々です。確かに建物は免震構造、制震構造になっていますから大丈夫なのですが、室内の家具は滅茶苦茶な状態になってしまうのです。こういうことはタワーマンションに住んでいる方々は知らないのです。長期広域停電になると、タワーマンションに電気が来ない、水道が使えない、エレベーターが使えない、ということで生活できなくなります。こういうネガ

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