ファイナンス 2023年3月号 No.688
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3金融機関の破綻処理制度の概要と預金等 *11) S&L危機については、池尾(1993)およびMashkin and Eakins(2012)を参照してください。*12) この表現は氷見野(2005)のp.16を参照しています。*13) 池尾(1993)は、S&Lと貯蓄相互銀行や信用組合をまとめて、貯蓄金融機関(thrift institutions)と呼ぶとしています(p.60を参照)。*14) この数字は氷見野(2003)を参照としています。*15) 池尾(1993)の第三章を参照してください。*16) Mashkin and Eakins(2012)は「Probably the most important feature of FDICIA is its prompt corrective action provisions described earlier in the chapter that require the FDIC to intervene earlier and more vigorously when a bank gets into trouble」(p.445)としています。S&L危機に関する典型的な説明は次のようなものです。1970年まで米国の銀行業は規制によって守られていました。服部(2022a)で指摘したとおり、当時の銀行業は「3−6−3」と呼ばれており、3%の金利で預金を集め、6%の金利で融資をし、午後3時にはゴルフ場にいくというビジネス・モデルでした。しかし、1970年代にインフレが急騰し、金利規制などが存在していたことから、銀行はMMF(Money Market Fund)との競争に晒されました(MMFとは主に国債など安全資産で運用するファンドですが、その詳細は服部(2022a)を参照してください)。これを受けて、S&Lは利益を維持するため、商業用不動産への貸出などリスクの高い投資へシフトしました。特に、1980年代は銀行業への規制が緩和されたことに加え、ジャンク債やデリバティブ商品など新しい金融商品が生まれた時期でした。このようにS&Lがリスク・テイキングを増やした結果、銀行危機につながります。具体的には、1980年からの15年間で、1,617の銀行と1,295のS&Lが破綻するか、公的資金*14を受けました。特に有名な例がコンチネンタル・イリノイ銀行の破綻です。当時、コンチネンタル・イリノイ銀行は総資産額で全米7位であり、FDICは当初保証された額以上の預金保護を行いました。アーマー等(2020)では、「大き過ぎて、あるいは相互関係が複雑すぎて潰せない、と公式に認められた最初の銀行としての称号をもつのはコンチネンタル・イリノイ銀行」(p.513)としています。同書は、銀行破綻が雪だるま式に増えることを防ぐため、米国政府はこの銀行の救済を行ったと整理しています。S&L危機の経験を経て、FDICのあり方は大幅に見直されることになりました。具体的には1991年に連邦預金保険公社改善法が成立します。池尾(1993)によれば改善点は3点に集約されます*15。1点目は、保険料が金融機関のリスクに応じて可変になる可変的預金保険制度が導入されたこと、2点目はTBTF政策が原則として禁止されたこと、3点目に自己資本比率規制と連動する形で、早期是正措置が導入されたことです。Mashkin and Eakins(2012)はこの改革において早期是正措置の導入がもっとも重要と指摘しています*16。 54 ファイナンス 2023 Mar.BOX 米国におけるS&L危機と早期是正措置米国の預金保険を考えるうえで看過できない重要なイベントとして、1980年代に起こったいわゆるS&L危機があります*11。S&Lとは、小規模の金融機関(業務範囲に制限のある小規模の銀行*12)であり*13、当時、政府による住宅支援政策から主に住宅ローンを提供するよう規制されていました。S&Lの破綻は、Mashkin and Eakins(2012)など、金融論のスタンダードなテキストで紙面を割いて説明される重要なイベントであり、このことが米国における金融機関の破綻制度の発展や早期是正措置の導入につながりました。3.1 我が国における破綻処理制度の概要定額保護は、金融危機に瀕した銀行の優先株などを政府等が購入する方法であり、いわゆる公的資金注入と呼ばれる方法です。我が国では、(政府によるバックアップにより)預金保険機構を通じて実施されています(この仕組みについては次回の論文で詳細に説明します)。第二は、預金保険機構が、前述の定額保証を超えて、保証を実施する方法です。例えば、定額保証が1,000万円である中、倒産した銀行の預金を全額保証するなどです。前述のとおり、我が国では1996年から一定期間、預金の全額保護がなされましたが、この定義ではこの間、ベイルアウトを実施したと解釈することができます。第三は、政府が銀行の(不良債権などを含む)資産を保証するという方法になりますが、第一と第二の観点では、ベイルアウトと預金保険機構の存在は切っても切り離せないことが分かります。ここから我が国における金融機関の破綻処理制度を説明します。まず、読者に理解していただきたい点は、破綻処理制度は、我が国では、3つの枠組みに分かれている点です。具体的には、(1)「預金等定額保護」、(2)「金融危機対応措置」、(3)「秩序ある処理」です

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