ファイナンス 2023年3月号 No.688
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図表2 我が国における預金保険制度の変遷(出所)預金保険機構 52 ファイナンス 2023 Mar.預金保険料は銀行負担我が国の預金保険機構は半官半民の組織ですが、モラルハザードを防ぐため、預金保険は原則、公的負担でなく、銀行負担になっています。預金保険がない場合、預金者は保証がされないという意味でリスクがあり、その分高い金利を求めることになります。つまり、銀行はそのリスクに応じた資金調達コストを負担しなければなりません。しかし、預金保険があれば、その保証内であればリスクはありませんから、その分、銀行の資金調達コストが低くなります。よって、預金保険があれば、当該銀行にとって資金調達が容易になることから、銀行がより一層リスクを採るということが起こりえます。アーマー等(2020)ではこれを防ぐ手段として、預金保険のコストを銀行負担にしていると整理しています。同書では、そのコストを事前に徴収することの重要性も強調しています。理屈上、預金保険が必要になったタイミングで預金保険に加盟している銀行からその資金を求めるという方法もありえます。しかし、預金保険が必要な状況において、他の銀行の流動性が逼迫している可能性もあり、それが金融システム内で伝播していくリスクがあります。したがって、アーマー等(2020)は、預金保険について「事前に資金調達しておくほうが望ましいように思われる。米国の制度は創設以来このように設計されており、EUもこれを義務付けている」(p.498)としています。保証額上限の設定預金保険については通常、保証額に上限が付されていますが、これもモラルハザードの観点で整理できます。服部(2022c)で指摘したとおり、通常の預金者2.3  預金保険料の負担とモラルハザードの問題2.4 預金保険機構による資金援助方式にとって、銀行をモニタリングすることは割に合いません。もっとも、仮に保証される額に上限がなく、全て保証されるのであれば、どの銀行の調達コストも同じになってしまいます。このことは、リスクの高い運用をしている銀行が、その実態に比べ安く資金調達できてしまうことを意味しますから、過度なリスクをとっている銀行の規模を大きくする可能性を有しています。そこで、通常、預金保険では保証額に上限が付されています。このことで、普通の預金者のモニタリングのコストを軽減する一方、富裕層や機関投資家などが一定のモニタリングを行うインセンティブを生むことができます。また、この工夫により、機関投資家などが預金を一つの銀行に集中させるのでなく、多くの銀行に分散させるインセンティブを与えますし、過度にリスクの高い投資をしている銀行から資金を引きあげるインセンティブも生みます。これらは、健全性の低い銀行には大口の預金が集まりにくく、その規模が過度に大きくなることを防ぐという意味で、銀行に対する一定の規律付けとしての役割を果たしています。図表2が我が国における預金保険の保証金額の推移を示しています。これをみると1971年に預金保険が導入されて以降、保証額が100万円から1000万円まで増加しています。1996年から金融危機により全額保護になるものの、金融危機が終わった2005年以降、一般預金等の保証額は定額であり、我が国における預金保険制度は原則、保証に上限が付されている(定額保証である)ことが確認できます。米国などでも預金保険には上限が付されています。前述のとおり、預金保険の重要な役割は、もし仮に銀行が破綻した場合、預金の一定額を保証することで、金融システムの安定性をもたらすことです。もっ

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