ファイナンス 2023年3月号 No.688
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ファイナンス 2023 Mar. 51図表1 預金保険のイメージ預金者 金融機関の破綻処理制度及び預金保険入門 預金保険機構保険事故(出所)預金保険機構保険金預金預金払戻しの停止、営業免許の取消しなど出資保険金政府日本銀行金融機関金融機関*6) 取り付けについて経済学では、Diamond–Dybvigモデルなどで説明されます。詳細は銀行論のテキストなどを参照してください。なお、このモデルを提唱したダグラス・ダイヤモンド教授とフィリップ・ディブビグ教授は2022年にノーベル経済学賞を受賞したことで話題になりました。2.2 預金保険の役割銀行の預金者であるとして、他の預金者が引き出しをしていなければ、今慌てて引き出す必要はありません。しかし、仮に多くの預金者が一斉に引き出しをしようとしたらどうでしょう。この場合、銀行が倒産することで自分の預金が引き出せなくなる状況を回避するために、読者にとっても今すぐ引き出しをすることが最適な行動になります。非常に厄介な点は、このような取り付けはたとえ銀行が健全であっても、風評などによって多くの人が引き出しをすることで取り付けが起こりうるということです*6。例えば、昭和恐慌時に、当時の大蔵大臣の失言により東京渡辺銀行で取り付け騒ぎが起こったことは我が国でも有名なエピソードです。通常、ファイナンスのテキストでは、この取り付けの問題を防ぐ方法として預金保険が紹介されます。預金保険とは、一定額の預金を保証する保険です。先ほどの例を思い出すと、多くの人が引き出した場合でも、預金保険があれば自分の預金は保証されるのですから、今すぐ預金を引き出す必要はありません。したがって、今すぐ預金を引き出すことが最適な行動とはならず、取り付けを防ぐことができます(経済学のテキストでは取り付けを防ぐ方法として、中央銀行が貸し出しを行う「最後の貸し手機能」も説明されますが、本稿は紙面の関係で預金保険に焦点を当てます。詳細は中曽(2022)、木下(2018)、服部(2022b)などを参照してください)。そもそも預金保険は、フランクリン・ルーズベルト大統領による不況対策として米国で確立しました。米国は以前、中央銀行を持たない国であり、その背景には米国におけるいわゆるメイン・ストリートとウォール・ストリートの対立がありました(詳細はバーナンキ(2012, 2015)などを参照してください)。中央銀行を有することは、往々にしてウォール・ストリートにいる富裕層の利益になりえることから、中央銀行設立に関し、メイン・ストリートの合意が得られなかったことなどがその背景にあります。米国で預金保険ができた発端は、1900年初頭の不況です。当時、不況を契機に、取り付けなどによる銀行破綻が多発しました。中央銀行があれば「最後の貸し手機能」が発動するのですが、中央銀行を有していない米国ではそれがうまく機能しませんでした。そこで導入されたのが預金保険制度です。バーナンキ(2012)は、ルーズベルト大統領の重要な政策として、米国における預金保険機構である連邦預金保険公社(Federal Deposit Insurance Corporation, FDIC)の設立を挙げています。同書によれば、「ひとたび預金保険が確立されると、基本的には銀行倒産は文字通り何千行からゼロになりました」(p.43)と評価しています(同書では、フランクリン・ルーズベルト大統領の重要な政策として、金本位制の放棄による金融政策の開放も指摘しています)。図表1が実際の預金保険のイメージです。図表1にあるように、預金者(図左下)が預金を金融機関(図右下)に預けます。金融機関は預金保険機構(図上)に保険料を支払うかわりに、金融機関が仮に破綻した場合には、預金保険機構が預金者に保険金を支払うことで預金の保証を行います。なお、この図表にあるとおり、我が国の預金保険機構は日本政府と日銀、民間金融機関から出資を受けています。

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