ファイナンス 2023年2月号 No.687
76/106

72 ファイナンス 2023 Feb.5.アートの特性とは(伊藤特任教授が日比野講師と交代)症にいずれなっていくことは止められないかもしれません。しかし、1万人の人が認知症になることを1年後ろ倒しにすると250億円のコスト削減になるのです。例えば役割を持てる社会、或いは出番がある社会を実現することで、最後の10年間ではなく、最後の5年間だけ認知症になるという社会をつくっていけるようになると、非常に大きな社会的便益が考えられます。また「芸術活動の活性化による経済効果プラス50億円/年」というものがございます。これにつきましては、イギリスなどで自分たち一人一人が自分の豊かさや楽しみのために使うお金の金額が平均して1回につき約4.64ポンド、円換算で500円ちょっとというデータがあります。例えば20万人の人が月4回(一週間に1回1時間として月4回4時間)、自分が幸福になるためにそうしたアプローチをすると50億円程度の経済効果があると試算することができます。こうしたことはあくまで一つの事例ではありますが、心の豊かさということを考えて、何らかのアプローチをすることでこういった社会的便益というものを考えることができるのです。さらに「KGI(Key Goal Indicator)」というところでは、こういったことをきちんと社会関係資本の指標としてそれを表していくことを研究の領域として進めていこうと考えております。ただこの社会関係資本、ソーシャルキャピタルというのは、今のソーシャルキャピタルの測り方で本当にこれからの幸福を測っていけるのかどうかについては疑問が残ります。今の社会において必要な幸福度の測定の仕方、地域においてのいわゆる「つながり寿命」といったものを私共は考えております。こうした新しい指標の設定においてこれからの社会を考えていくということをこの研究の中で同時に進めてまいりたいと考えております。以上、全体像としてこのようなことを考えているということをご説明させていただきました。それでは学長と交代いたします。ただいま伊藤先生から説明していただきました。「社会的処方手法」「文化的処方」、これはお薬で治すのではなくて文化で治すという考えです。例えば、今のコロナで新しいワクチンの話があります。薬の場合はきちんと証明されてから広めていくのですが、「文化的処方」の場合というのは何をもって「これが正解ですね」ということはないのです。なので一人一人の違いに対して「文化的処方」を施していく、正解がないのでやりながら気付いていくということになるかと思います。アートの特性をあらためて考えると、数学の問題が配られてそれに回答すると、点数が付いて正解とか不正解、100点とか95点といった結果が出ます。ですが美術の場合、ここにリンゴが置いてあって皆でお絵描きし、これが100点、これが95点、あるいはこれが正解、これが不正解というわけではありません。「それぞれがそれらしくていいよね」と受け取れるというのがアートの特性であります。好き嫌いはあっても否定はしない、そこにいていいよ、あっていいよ、これがアートの特性です。これから多様性ある社会を築いていこうとするとき、だれ一人取り残さない社会をつくろうとするときに、「とは言っても、隣りのあの人苦手だな」とか、障害者施設がいろいろな町に出来てくると「それは良いことだね」とテレビのニュースを見ていながら思っていても、隣りのアパートに障害者の方が入居するとなると途端に「それは困る」という態度になってしまう。人間というのはそういうものだと思います。けれどもそこを否定するのではなく、そこにいてもいいよ、あなたは正しくない、私が正しい、という態度ではなく、互いの違いがあるからこそ社会なのだ、ということを理屈ではなく、体として受け入れられる。そのような意識づくりの中でアートが持っている特性をいち早く、それが教育ではなくて文化として地域の中で広まっていく、そういうところでアートというものが社会の中で機能していくのではないかと思います。美術館に行ってアートの名画や名品を見ることによって目を肥やすとか、音楽ホールに行って有名な指揮者の演奏を聴いて文化的な知識を深めるということだけがアートの役割だと思われるかもしれませんが、それは違うのではないか。そのように思われてしまっているというのは私たち藝大の教員を含めて何か違う伝え方に偏重していたのではないかと考えております。

元のページ  ../index.html#76

このブックを見る