ファイナンス 2023年2月号 No.687
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70 ファイナンス 2023 Feb.(5)「文化的処方」とは(6)「文化的処方」の例そこで「社会的処方」というのは、睡眠導入剤もよいが、例えば地域の中で一緒に花を育てる活動に参加してみたらどうだ、とか、あるいはどこどこの美術館とか文化施設の中ではこういった活動があるから一緒にやってみるのはどうか、という形で、その人と地域を結び付けるリンクワーカーという人たちが仲介になりながら、その人のQOLを上げていく取り組みです。実際にイギリスで行われており、保険対象にもなっております。日本でも厚生労働省が中心になりながら、検討が進められているところですが、やはり国の仕組みの違い、すなわち医療と自治体或いは研究機関、企業とのスピード感の違いといったものが一つのハードルとなって、日本では大きくは進んでいない状況です。しかしながら、これは自治体で進めよう、或いは医療の方から文化セクターに働きかけよう、というのは非常に難しいです。そうではなくて、例えば東京藝術大学のような文化セクターであり、研究機関であるようなところが中間に立って、先ほどお示ししたような様々な企業、自治体、或いは研究機関にお声をかけて、この「社会的処方」を文化でもって加速させていくことができないだろうか、と考えいます。そこで私共はそれを「文化的処方」と呼び、この言葉を推進力としまして、この取り組みをやっていこうと決意しております。実際にこういったことをご説明していくことで、先ほどお示ししたような様々な企業、自治体、研究機関等からご賛同をいただいております。はじめは5つとか6つの研究機関から始まったのですが、今では30を超える機関の方々から同意をいただきながらJSTの申請を何としても通して、この「文化的処方」の取り組みを進めていきたいと考え、今準備をしている段階でございます。では具体的に「文化的処方」がどのような場所でどのように行われていくのかということにつきまして、ほんの少しの実例でございますが、ご紹介させていただきます。最初の事例は、アーティストが福祉施設で入居者と一緒に暮らすというものです。藝大では、SOMPOホールディングスが運営している福祉施設にアーティストが1年間部屋を借りて一緒に住むという活動をしております。高齢者が福祉施設に入居すると、社会の中で誰かと会うということが非常に少なくなる、特に自分とは年代の違う人たちと話したりする機会がなくなるのです。人は常に他者との対話の中で生活を営み、いつまでも役割や出番を持つことで、心も健康でいられるのですから、こうした多様な人との触れ合いは心の健康には欠かせません。次の事例です。長期入院のため病院から外に出ることができない人に対応した病院との連携です。現在、横浜市立大学や東京医科歯科大学の病院と連携し、病院内にメディアアートの導入を進めています。いつもの病院の景色をプロジェクションマッピングなどで変化させたり、インタラクティブなアニメーション作品を設置したりしながら、病院の中で人々のコミュニティをつくるためにどんな取り組みができるだろうか、ということを考えております。またそうした取り組みは、商業施設や駅などの公共空間においても同様で、思わず誰もが参加して、知らない誰かとコミュニケーションが起こるようなメディアアート作品の設置も検討しています。例えば東京藝術大学先端芸術表現科古川聖研究室による「Bubbles」というメディアアート作品では、スクリーンに自分の影を写して映像の中のシャボン玉を弾くと、ポンと音が出てシャボン玉を弾き返すことができる仕組みになっています。見ているだけで、思わず自分もやってみたくなるそんな作品です。こうした非日常的な場所を街の中に用意することで、普段は交わらない人々の接点を作っていく。更に、実はこの体験はただの参加できる遊具ということではなく、この体験を深く研究しますと、他者と共に音や光に合わせて反射的に体を動かすというのは身体的な機能を高めていく、或いは心と体の連動性を高める効果があるということが少しずつ研究の成果によって明らかになってきています。これを数値として検証したものを東京藝大では今年度の音楽療法学会にて発表しております。

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