ファイナンス 2023年2月号 No.687
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*25) 日本国内でも、金融機関がG-SIBスコアの上昇を抑えるために対応をとっていると報道される事例があります(日本経済新聞「農林中金、CLO投資圧縮 国際規制を警戒」(2021/11/24)など)。なお、資産等の項目によっては調整に時間が掛かるものもあり、年末に減らそうとすると前後数ヶ月は減った状態になるものもあり、どこまでが「年末だけ」と言えるかについては様々な意見があるかもしれません。*26) なお、こうした動きは、G-SIBスコアだけではなく、レバレッジ比率規制や法人税額等、一時点のBSやPLに対して賦課されるものに関して全般的*27) 例えば、BISのワーキングペーパであるCarcia et al. (2021)は「Is window dressing by banks systemically important?」というタイトルで*28) 日銀のワーキングペーパーであるFurukawa et al. (2021)ではCoVaRに加え、SRISKを用いて、「大きすぎて潰せない問題」に対する改革の効に発生するより幅広い問題でもあります。論文を記載しています。果を検証しています。 48 ファイナンス 2023 Feb.4.3  「指数ベース測定方式」と「バケッティング・アプローチ」以外の手法整するとされています*25。G-SIBsに関する規制を、「大きすぎて潰せない」銀行にならないようインセンティブを与えるものと解釈すれば、こうした調整はシステム上重要な銀行にならないよう、金融セクターで工夫していると解釈することができます。一方、規制対象が判定されるタイミングだけBSを調整して規制を逃れようとする行動は、「ウィンドウ・ドレッシング」と指摘されることもあります。特に、年末では、このように規制要因でBSを調整することがマーケットに影響を与えうることから、市場参加者の中でも注目を受けています(証券会社などは毎年11月に発表されるG-SIBスコアについて各種レポートをリリースしています)。そもそも、金融危機以降、規制要因により、年度末や四半期末に金融資産の価格が変動することは様々な場面で見られています。例えば服部(2017)は為替スワップや通貨スワップの観点でこの議論を行っています*26。金融機関によるBSの調整については国際機関や中央銀行などもすでに分析を行っており、論文内で、ウィンドウ・ドレッシングという表現が使われることも少なくありません*27。特に、BISのワーキングペーパーであるGarcia et al. (2021)は、欧州の銀行を対象に、G-SIBsバッファーを減らすよう、年末にかけてBSを圧縮すると指摘しています。同論文では、資産・負債を圧縮するほか、OTCデリバティブの圧縮なども指摘しています。また、Fed NoteであるBerry et al. (2020)は、米国の銀行のデータを用いており、OTCデリバティブの取引を圧縮することで、バッファーを減らす努力をしていることを指摘しています。富安(2023)は金融危機以降、欧米の銀行はG-SIBスコアを下げている一方、日本と中国の銀行はG-SIBスコアを上昇させている点を指摘しています。同書は、「単純にこうした銀行のプレゼンスが大きくなっているという理由のほかに、欧米銀行のリスク削減努力の影響もある」と指摘しています。前節で述べた通り、現在、G-SIBスコアは、「指数ベース測定方式」と「バケッティング・アプローチ」が用いられていますが、筆者の理解では、規制当局が有するそれまでの知見に基づき構築したと理解しています。秀島(2021)も、「専門家の定性的な判断(感覚)を定量化する試みと理解できる」、「最初に選定されたG-SIBsの顔触れを見渡した際には、担当部会メンバーの間でホッと胸を撫でおろす感覚があった」(p.142)と指摘しています。一方、別のアプローチを用いてシステム上重要な金融機関を指定する方法もありえます。例えば、学術研究では、Adrian and Brunnermeier(2016)により提示されたCoVaRを用いてシステミックリスク指標を構築することも考えられます*28。また、ニューヨーク大学スターン校のVolatility and Risk Institute(V-Lab)はSRISKとよばれるシステミックリスクの指標を算出しています。もっとも、これらの計測には株価が必要であり、上場していない銀行の計算が困難であるなど実務的な問題がある点には注意が必要です。また、バケッティング・アプローチでは図表3のようなバケットを用いてG-SIBスコアからCET1比率のサーチャージを算出しますが、例えば、G-SIBスコアと線形の形で、CET1比率を求めるということも可能です。この場合、求められるCET1比率のチャージが1.5%や2%などのようにデジタルな値にならず、例えば1.81%などの細かい値になるうるため、バケッティング・アプローチを用いることで実務的に上乗せされるCET1比率の算出が容易になるというメリットを有しています。しかし、このようにバケッティングを作る副作用として、金融機関がCET1比率のチャージがさらに上乗せされないようギリギリのラインにG-SIBスコアを誘導するインセンティブを与えてしまっている(逆に言えばギリギリのラインになるまではG-SIBスコアを減らすインセンティブが生じない)可能性もあります。

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