ファイナンス 2023年2月号 No.687
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1はじめに本稿ではシステム上重要な金融機関(Systemically Important Financial Institutions, SIFIs)に対する規制について説明することを目的としています。2008年の金融危機時には、巨大な金融機関が倒産することが他の金融機関に伝播することを通じて金融システム全体が崩壊する可能性が指摘されました。政府は結果的に、巨大な金融機関を救済するため、公的資金を用いたわけですが、このように巨大な金融機関を救済せざるを得ないことを「Too big to fail(TBTF)、大きすぎて潰せない」問題といいます。仮に「大きすぎて潰せない」ことを金融機関が予期した場合、その救済を前提に過度なリスクテイキングを行うなどモラルハザードの問題が深刻になりえます。また、2008年の金融危機時には、国民の資金を用いて、報酬が高いとされる金融機関を救済したことについて国民から強い批判がありました。そこで、金融危機以降、G20、金融安定理事会(FSB, Financial Stability Board)を軸に、金融システムに影響を与える金融機関、すなわち、「システム上重要な金融機関」に対して様々な規制が導入されました。https://sites.google.com/site/hattori0819/*1) 本稿の作成にあたって、河合美宏氏、川名志郎氏、吉良宣哉氏、富安弘毅氏、秀島弘高氏に加え、匿名の有識者から有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。*2) 下記をご参照ください。 *3) 2008年9月にリーマン・ブラザーズが破綻した際には、救済は行われず、金融市場や実体経済に大きな混乱が生じたことから、むしろ「公的資金を使った救済をしなかったのが問題ではないのか」といった見方もあろうかと思います。ただ、そうした意見が強くなったことから、翌月のAIGという保険会社の破綻に際しては公的資金を使った救済を行わざるを得ない状態になりました。また、同年3月のベア・スターンズの破綻の際には、FRBの資金を使った救済合併が行われました。「3月に救済を行っていなければ9月には救済の期待が高まらず、あそこまで混乱しなかった筈だ」との意見もあります。いずれにしても、「金融機関が損失を発生させた場合に、その尻拭いを公的部門が行い、当該金融機関の株主や債権者は守られる状態は避けなければならない」ということでしょうし、そのためには「実際に破綻が生じた場合には金融市場や実体経済に悪影響を及ぼさないよう、秩序立った処理が行えるようにしておくのが必要」ということでしょう。 40 ファイナンス 2023 Feb.2システム上重要な金融機関とは2.1 TBTF問題への対処方法具体的には、G20首脳は、2011年11月、カンヌ・サミットにおいて、グローバルなシステム上重要な金融機関に関する政策枠組みを合意しました。その後、金融危機以降の規制改革の中で、システム上重要な金融機関に対して、追加的な資本を求めるとともに、秩序ある破綻を可能にするための制度が整備されました。本稿では、その中でも、システム上重要な「銀行」に焦点を当てます(秩序ある破綻処理については今後の論文で取り上げます)。なお、本稿では筆者がこれまで記載した一連の金融規制の文献を前提とするので、基礎的な知識の確認が必要な読者は「バーゼル規制入門」(服部, 2022)などをご一読ください。筆者が記載してきた金融規制や債券の入門シリーズは筆者のウェブサイトにまとめて掲載してあります*2。服部(2022c)でも説明したとおり、銀行が倒産した場合、特に問題である点は、銀行の破綻が他の銀行の破綻をもたらすなど、連鎖的な影響を与えうることから、政府には救済のインセンティブが生まれる点です*3。特に金融機関が最終的に救済されることが分かっていれば、過度なリスクテイクを行う可能性も生まれます。したがって、TBTF問題に対処するためには、(1)そもそも巨大な金融機関が倒産しないようにすること、さらに、(2)仮に倒産したとしても可能な限り公的資金を使わず、秩序ある破綻を可能にするための制度が必要といえます。(1)巨大な金融機関が破綻する可能性を低下させる方法として、(Tier1資本の軸となる)「普通株式等東京大学 公共政策大学院 服部 孝洋*1システム上重要な銀行入門-「大きすぎて潰せない(TBTF)」問題について-

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