ファイナンス 2023年1月号 No.686
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(5)「面倒くさい」に注意 69 ファイナンス 2023 Jan.「社会的手抜きのワナ」が問題となります。による「口座替え」ということをやるのです。例えば顧客が150㎏ほしいと言ってきたときに、袋に入っている種子を他の袋の種子と一緒にして一つの袋にして売るのがロット統合なのですが、一つの袋に詰め込むときに10%くらいはこぼれてしまうそうです。だから、やる必要のないロット統合を重ねて10%分が廃棄する量になるよう調整し、帳簿上帳尻が合うような処理をしていました。そうすると廃棄の決裁を取らなくて済むのです。こうしたことが行われていたのです。こうしたことはなぜ行われたのでしょうか?結局は面倒くさかったのではないか、というのが私の解釈です。品質上は問題ないし、顧客に安定的に種を届けることが最重要課題であって顧客への提供が遅れることは迷惑をかけるし、顧客への説明も面倒くさい。あるいは廃棄の手続が細かくて面倒くさい、そもそもこんなことでAさんというエースの社長候補を失うほどの問題ではない、というのがこの事例ではないか、と思います。ですから作業者の「面倒くさい」という感覚を意識する必要があるのです。次は製薬会社である小林化工の事例です。ここでは2020年12月、小林化工が製造する水虫薬に睡眠薬が混入してしまい、健康被害が生じていることが判明しました。薬を調合する過程の「後混合工程」で、イトラコナゾールという水虫薬を投入する際に、誤ってリルマザホン塩酸塩水和物が投入されてしまったのです。夜勤の作業者が保管庫からイトラコナゾールではなく誤ってリルマザホン塩酸塩水和物を持ち出して秤量し、作業を引き継いだ日勤の作業者は原料が誤っているとは思いもよらずに混合し、違う薬ができてしまった、ということなのです。チェック体制も組まれていたのですが全く機能しなかったですし、現場で勝手に作業手順書を作り、それに沿って作業していたのです。この事例の一般的解釈は「利益・売上優先、安全性軽視」「法令に関する知識不足、法令遵守意識の欠如」「マニュアル遵守意識の欠如」「従業員急増による力量不足」「恒常的な人員不足(特に品質管理部門)」「組織的な体質(軍隊的な企業風土)」というものですが、この事例に対する新たな解釈は「社会的手抜きのワナ」です。「前工程がきちんと行われているから大丈夫だろう」と思ったのではないか。あるいは「最終的に品質管理部門がきちっと見るから大丈夫だろう」という感覚があったのではないか。こういう感覚は我々にもあると思います。この「社会的手抜き」に気を付けないといけないのです。一般にダブルチェックで安全性を担保しようとしますが、同じものを同じように見てOKとするのはダメだそうです。違う角度から見ることをやらないとミスが多くなる、ということは心理学の実験で示されています。もしダブルチェック、トリプルチェックをするなら、違う角度からチェックするということを入れないとダメかもしれない、ということになります。内部の推進者、皆様のような管理職が職場のことを一番よく分かっているから、「あなたたち管理職が中心になってやるのですよ」というやり方を日本の組織は採用するのです。一方アメリカ型では、個人の法令意識を高めるため弁護士など外部の専門家を使って法令について理解させるのです。研修の方法もアメリカ型ではe-ラーニングですが、日本型では集合研修を実施します。研修終了後の一杯やりながらの会話がコミュニケーションを改善するし、手間をかけてまで集合研修を実施することで、組織としてのコンプライアンス重視のメッセージにもなる、というものです。7.不祥事防止の風土と制度不祥事を防ぐために日本の組織が何をやっているかというと、「職場環境主導型」でやっています。まず職場の風土を改善していくのです。アメリカは「個人責任強調型」です。法令意識を高める、ルールを徹底的に覚えさせるということをやるのです。6. 小林化工の事例: 社会的手抜きのワナ

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