ファイナンス 2023年1月号 No.686
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(1)品種偽装とは 67 ファイナンス 2023 Jan.まず「厚労省より厳しい基準だった」ということです。厳しい基準を持っていることで過信とか甘えが出てくるので、あまり厳しくし過ぎないことがよいかもしれません。次は「このやり方で問題は起きていなかった」ということです。少なくとも45年間雪印乳業のどこでも問題は起きていませんでした。言い方をかえると、エンテロトキシンは今までも残留していた可能性はあるのですが、時間の経過で不活性化していただけ、たまたま起きていなかっただけかもしれないのです。次は「黄色ブドウ球菌検査の導入理由を知らなかった」ということです。なぜ検査項目が入っているのか現場は知らなかった。そして八雲事件と検査項目とが実感として結びついていなかったのです。ミスをしたケースから折角学んでいたのに、その背景にある物語が後世に伝わっていなかったのです。次の事例は東洋ゴム工業の免振装置ゴムの偽装問題です。「認知バイアスのワナ」が問題になります。これは2000年から2012年の間に、子会社を通じて、ビルの下にある免振装置ゴムで技術的根拠のない数値を記載して国土交通大臣の認定を取得し、また2000年から2015年出荷時の性能検査においても数値データを改ざんしていたという事例です。2013年夏ごろに不正が行われていることが子会社で認識されました。そして2014年夏以降親会社の経営陣にもその情報が何度か上がったのですが、結果的に出荷停止を決めた2015年2月6日までの間、基準に適合しない免振装置ゴムが出荷し続けられたのです。マスコミからは「データ改ざん、チェック体制不備、事実の隠蔽だ」と批判されました。こういう報道のされ方をすると、他社は「当社はこんなにひどくない、絶対こんなことはない」と思うので、決して学べません。調査報告書を見ると「技術的見地から更なる調査が必要」という言葉が記されています。「確かにデータが改ざんされた製品が出荷されているけれど、性能検査した時に地震発生時の安全性を担保する性能はちゃんとあるのではないか、それを確認してみよ」ということです。さらにシミュレーションをやってみたところ、影響は限定的で問題はないことが分かったのです。東日本大震災が起きた際にも、問題となった製品は宮城県、福島県の物件では全く問題ありませんでした。ですから「確かにデータ改ざんしましたが、製品の安全性は問題ないです」ということをいかに証明するかをこの間延々とやっていたのです。さらに面白いことに、振動を測定する機械には機械毎に固有のクセ、個性があるので、そうした個性を踏まえて、測定値に補正をかけるのですが、「補正しなければ範囲内に収まります」と気づいた人がいたのです。補正しなければ基準を満たしているのです。さらに大臣に認定を求めるときに「この測定機械では何%補正します」ということは届け出なくてよいのです。ですから「当社の測定機械はもともと補正しなくてもよいものです。だから補正不要な測定値をそのまま使うこととなり、それは基準値に収まります。」と言えば、実際に安全性も問題ないし、セーフだよね、という議論がこの間ずっと行われていました。私はこういうことはあると思います。何かやらかした時、「どうにかしてこれは大丈夫だと言えないか」ということは皆考えますよね。それが行われていたのです。つまり認知バイアスです。人は自分に都合がよい情報は無批判に受け入れて、都合が悪い情報には批判的・懐疑的になる傾向があると心理学では言われています。「いい加減でコンプライアンス意識がない」というよりは、認知バイアスに陥って何とかならないかと模索していた、これがこの事例の新たな解釈です。次は雪印種苗の事例です。「面倒くさいのワナ」が問題となる事例です。この事件は2018年4月に発覚しました。牧草用、肥料用、植生用の種について長年にわたって品種を偽装していたのです。4. 東洋ゴム工業の事例: 認知バイアスのワナ5. 雪印種苗の事例: 面倒くさいのワナ

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