ファイナンス 2023年1月号 No.686
71/96

ファイナンス 2023 Jan. 66 令和4年度 上級管理セミナー (11)冷蔵状態という大前提を忘れていた(12)雪印乳業食中毒事件のまとめ(9)毒素エンテロトキシンを巡る2つの事実でも、なぜエンテロトキシンをチェックしないのか。実は2000年当時、牛乳中から微量のエンテロトキシンを検出する技術は世界に存在しませんでした。もう一つの事実は、事件後にエンテロトキシンの数値に関する教科書の記述が変わったということです。「これだけの量のエンテロトキシンを体内に摂取すると食中毒になりますよ」という基準値があります。分かりやすく例えて言うなら、5ミリグラム以上摂取すると食中毒になりますよ、というのが基準だとすると、2000年の雪印乳業の事件ではそれよりはるかに低い0.2ミリグラムで食中毒が発生してしまった、ということなのです。だから検査ができていたとしても、この事件は防げなかったのです。(10)厚労省の乳等省令菌神話」が関わっています。つまり、「もったいないから捨てられない」と「殺菌すれば大丈夫」の2つが合わさった時に、再利用しようということが起きたのです。ここに利益優先の発想は全くありません。むしろもったいない、大事に扱いたいという想いの方が強い。現場ではこういうことが起きていたのです。さらに、実はエンテロトキシンは時間が経過すると毒性が失われます。問題になった脱脂粉乳をあと半年か1年倉庫に寝かしていたら毒性が失われていて、この事件は起きていなかったのです。「もったいないということは分かるが、なぜ不合格品を捨てないでもう一回使うのか?」という疑問があるかと思います。実は厚労省の乳等省令では、原料乳の一般細菌の基準は「1ミリリットル当たり400万個以下」とされています。問題となった脱脂粉乳では一般細菌は1グラム当たり9万8千個です。ですから水に溶かしても1ミリリットル当たり400万個に増えるわけはないのです。そのように考えると、厚労省の省令からいっても再度使っていいと考えたのです。厚労省は「これは再利用を認めるという話ではない。溶かしたものを原料乳とは言わない」と主張していますが、現実にはどのメーカーも脱脂粉乳を溶かして再利用していますので、皆やっていいものだと思っていたのではないかと思います。「黄色ブドウ球菌が増殖すると、エンテロトキシンという毒素が生まれて、その毒素を摂取すると食中毒になる」ということは現場の人はもちろん知っていました。でも知っていることとそこに毒素があることに気づくことは別の問題です。出荷基準に毒素の項目がないので、毒素があるかもしれないという発想が現場にはない。だから見逃されてしまうわけです。大樹工場では、受け入れ時に異臭がする生乳は廃棄していました。でも異臭なし、として受け入れた後はパイプライン内で数値管理しか行わないですし、しかもそこにエンテロトキシンの基準がないから、スルーしてしまうのです。事件後も厚労省の乳等省令にはエンテロトキシンの基準はありません。エンテロトキシンは検査する必要がないのです。なぜないのか? 温度さえ低い冷蔵状態を保っていれば、黄色ブドウ球菌が存在していても増殖はしないのです。増殖しなければ毒素が生まれることもない。だから毒素をチェックする必要がないのです。つまり雪印乳業の脱脂粉乳出荷基準は「全工程で冷蔵状態が保たれていること」という大きな前提の上に乗っかっている基準だったのです。大樹工場の現場の人たちは出荷基準は守っていました。しかし「冷蔵状態」という前提が崩れているにもかかわらず、崩れていることの上に乗っかっている基準は意味をなさないことに気づいていなかったわけです。前提が崩れた基準を、その前提を普段全く意識していないので、そのまま適用したために食中毒が起きたのです。私はこの事実を明らかにしたときに「私もやってしまうな」と思いました。ルールや基準の前提や背景などいちいち考えながら仕事をしないからです。いちいち考えなくてもいいようにルールを作ります。だからルールの前提をほとんどの人が意識しないのです。これがまさにそうです。雪印乳業食中毒事件を整理してみると、以下の通りです。

元のページ  ../index.html#71

このブックを見る