ファイナンス 2023年1月号 No.686
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(4)不合格の脱脂粉乳を後日再利用(5)毒素はチェックせず(6)八雲工場食中毒事件(7)ルール変更の経緯が伝わらない(8)もったいない+殺菌すれば大丈夫 65 ファイナンス 2023 Jan.ドウ球菌の検査を入れたのは雪印乳業だけです。それくらい厳しくしていたのです。大樹工場での検査の結果、出荷基準を満たしていないことが判明したので、不合格になった脱脂粉乳は出荷しませんでした。しかし、不合格となった脱脂粉乳は廃棄せずに袋に入れたまま保管されていました。後日、保管されていた不合格の脱脂粉乳を水に溶かしたものと生乳とを1:1の割合で混ぜて、改めて脱脂粉乳を製造しました。そして、検査をしたところ、国よりも厳しい雪印乳業の出荷基準をすべて満たしました。ですから、再製造した製品を出荷したのです。でも食中毒が発生しました。黄色ブドウ球菌自体は食中毒の原因ではありません。黄色ブドウ球菌が増えるときに作り出されるエンテロトキシンという毒素が原因であり、これを体内に摂取すると人間はその毒素で食中毒になります。雪印乳業は黄色ブドウ球菌についてはチェックしていたのですが、エンテロトキシンのチェックはしていませんでした。もっとも厚労省の基準にもエンテロトキシンはありません。基準にないため、チェックされず、エンテロトキシンが残っている脱脂粉乳で乳製品が生産されて食中毒が発生したのです。実は雪印乳業は1955年に北海道の八雲工場で製造した脱脂粉乳によって小学校での食中毒事件を引き起こしています。この時は脱脂粉乳の中に黄色ブドウ球菌が殺菌しきれず残ったまま出荷されました。脱脂粉乳の中では黄色ブドウ球菌はいわば「寝ている」状態ですが、給食調理室で調理員が脱脂粉乳にお湯を加えます。黄色ブドウ球菌は適度な水分、適度な温度、適度な栄養分があると増殖します。調理室でまさにその状態になったので、黄色ブドウ球菌が目を覚まして増殖し、毒素を作ったのです。2000年当時、マスコミは八雲工場食中毒事件を引っ張り出してきて、「雪印乳業は八雲事件から何も学ばずにまた脱脂粉乳で食中毒を引き起こした」と雪印乳業を批判しました。でも私と共同研究者は「いや、雪印乳業は学んでいる」と思いました。それは、厚労省の基準にない、他の乳業メーカーの基準にもない、黄色ブドウ球菌の基準が雪印乳業の出荷基準にだけあったからです。2000年代初めに大樹工場で調査した際、工場長や品質課長等に「八雲事件をきっかけに出荷基準に黄色ブドウ球菌が入ったのですよね?」と聞いてみましたが、「誰も知らない、わからない」と回答するのです。そこで雪印側に調査してもらったところ、八雲事件の後に黄色ブドウ球菌のチェック項目が出荷基準に入ったことが判明しました。ここがポイントです。なぜその基準ができたのかが伝わっていないのです。事件やトラブル、ミスが起きると、ルールや手順が変わります。その時その場にいた人たちはなぜそのルールが新たに導入されたのかが分かります。でも10年、20年経つとルールだけ残って、経緯が伝わらなくなってしまいます。雪印乳業ではそれが生じていたのです。八雲事件を通じて、雪印乳業は「食中毒防止には徹底的に殺菌して、殺菌できたことを検査することが重要だ」と学んでいたのです。ですが45年経過するうちに「殺菌して検査しておけば絶対安全だ」という「殺菌神話」が生まれたのです。食中毒防止には殺菌と検査が重要、これは論理的に正しいです。しかし「殺菌すれば絶対安全だ」は論理の飛躍です。「昨日作ったカレーだけど、火を通せば大丈夫だ」というのと同じです。雪印乳業の北海道の工場に行きますと、従業員の方々が「白いものを床に流すな、もったいない」と言っているのです。白いものとは生乳です。「酪農家が苦労して絞った貴重な資源だから、一滴たりとも無駄にするな」と徹底しています。無駄にしてはいけない=もったいない、と徹底されているのです。なぜ出荷基準を満たさない脱脂粉乳を捨てなかったのでしょうか。それは、この「もったいない」と「殺

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