ファイナンス 2023年1月号 No.686
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9 インフレの影響深刻なインフレは、英国社会の様々な面に影響をもたらしています。第一に、「生活費危機」(cost of living crisis)とも呼ばれる生活費高騰の問題です。最も影響が大きいのは光熱費であり、家庭用の平均年間光熱費(電気・ガス代)は国際的なエネルギー価格の高騰を受け、2021年10月の1,277ポンド(約21.5万円)から2022年10月には3,549ポンド(約59.6万円)に上昇する予定となっていました。政府の支援策により、2022年10月から6か月間は年間2,500ポンド(42万円)に、2023年4月から1年間は3,000ポンド(50.4万円)に抑制されてはいるものの、それでも実質所得が減少する中で光熱費が1年前の約2倍となることの影響は甚大であり、同時に食料品価格等も高騰する中において、家計は生活費を切り詰めざるを得ない状況に置かれています。(図表5 実質GDP水準の見通しは2022年3月の前回見通しから下方修正された。)(図表6 1人当たり家計実質可処分所得は金融危機時を超える落ち込みとなる見込み。)(出典)英予算責任庁(出典)英予算責任庁*21) 英予算責任庁(OBR)は2010年にジョージ・オズボーン元財務相により創設された機関であり、今後5年間の経済財政の見通しを政府から独立し*22) 英語のWinter of Discontentは本来、1978年から79年にかけて実施された幅広いストにより英国社会に生じた不満を表した言葉。ウィリアム・シェイクスピアの史劇「リチャード3世」の台詞に由来している。1970年代の英国経済社会の停滞は「英国病」と呼ばれ、他の欧州諸国からは「欧州の病人」と呼ばれていた。た立場で通常年2回公表している。 61 ファイナンス 2023 Jan. 8 経済見通しこうした中、2022年11月17日に英予算責任庁*21が2027年度までの経済見通しを公表しました。この最新見通しでは、英国のインフレ率は2022年に9.1%を記録した後、2023年も引き続き7.4%と高い物価上昇となり、これに伴い2023年には▲1.4%のマイナス成長になると予測されました。日本も含めてほとんどの先進国が既にコロナ前のGDP水準を回復している中、英国は景気後退を挟んで2024年第4四半期までコロナ前の水準を回復できないということが示されました。ず、賃金上昇がインフレに追いつかずに実質賃金が低下し、住宅ローン金利の上昇が家計への大きなプレッシャーとなり、消費支出や企業投資が落ち込んでいることも相まって、英国経済は2022年第3四半期から1年を超える景気後退に突入したと予測されています。当地メディアにおいてとりわけ大きく取り上げられたのは生活水準の低下です。インフレの上昇に名目賃金の上昇が追いついておらず、一人当たり実質可処分所得は2022年度に4.3%減少と1956年度の記録開始以来最大の落ち込みとなり、2023年度も引き続き2.8%減少すると予測されました。当地シンクタンクは、低所得層や年金受給者等への家計支援策の対象とならない中間層にとっては家計への一層のプレッシャーになると指摘しています。また、経済見通しにおいて長期的な懸念事項として挙げられたのは労働市場における非労働力人口の増加です。英国の労働力人口はEU離脱やコロナ・パンデミックを経て大きく減少しており、全体の労働力人口は既にパンデミック前から30万人減少しているということが示されました。前述のとおり、こうした労働力不足が労働市場を逼迫させることで、英国のインフレを悪化させていると言われています。第二に、「不満の冬」*22とも称されるストライキの問

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