ファイナンス 2023年1月号 No.686
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(今昔物語)FINANCE LIBRARYファイナンスライブラリー岩波書店 2021年7月 定価 本体1,300円+税(本書では定義を避けているが、切る繋ぐNGの粘土遊びのように、図形を構成する点の連続的位置関係を変えずに変形した図形を同じ図形とみなす考え方)が発展した。現代の幾何学では、図形を構造付き集合(直線も現実の図形から離れて実数の集合と考える)と捉えて分析し、「円は直線の無限の彼方に一点を付け加えたものと位相として同じとなる」ことが視覚に訴える直感的な説明、集合による厳密な証明の両方で示される。4 19世紀には代数学でも抽象化が進み、一定の性質を持つ数を抽出して構造付き集合として捉え、様々な集合の相互関係を分析する手法が発展した。例えば整数を素数の積で表す素因数分解の一意性を証明するには、高校までの数学では煩雑な手順を要するが、現代の代数学ではより洗練された方法で確認できる。ルービックキューブの最少手数も現代の代数学のテーマとなった。5 20世紀に入ると、構造付き集合の分析には飽き足らず、個々の「閉じられた」集合自体よりも集合の間の「開かれた」関係性に着目する圏論が発展した。圏論を要約すると、(1)「圏」とは集合および集合の間の関係性からなるネットワークのうち、関係性(専門用語では「射」又は「矢」)が合成可能性など関数類似の一定の条件を満たすもので、(2)異なる「圏」の関係性同士、ネットワーク同士を比較する道具を用いて、異なる「圏」同士の異同等をあぶり出すもの。例えば正三角形の幾何学的な対称性と2の3乗根(3乗すると2になる数で実数1つ、複素数2つの合計3つ)の代数学的な対称性は数学的に同一であることが圏論で確認される。圏論的アプローチ、即ちある種類の数学的対象に別の種類の数学的対象を対応させる手法は、代数学・幾何学共通の統一的視点を与え、以て数学の一体化を推進した。(圏論私見)圏論は色々広がりがありそうだ。人気アニメ「SPY×FAMILY」のお互いに正体を偽る3人家族の関係性は「圏」の典型例かもしれない。また「ファイナンス」発名古屋大学客員教授佐藤 宣之 47 ファイナンス 2023 Jan.評者本書は、東京大学の数学の教授である著者が高校までの数学と大学で学ぶ抽象数学との隔たりを埋めたいとの動機から執筆したという。著者曰く、数学は19世紀半ば以降に抽象化へ大きく転換したが、高校までの数学の大部分は抽象化への転換前に完成したので、現代の抽象数学の対象や考え方について感覚が掴みにくいと思われる、時間があれば紙と鉛筆を用意の上で本書を読んで抽象数学の手ざわりを感じて頂きたい、と。評者はA先生の高校1年の授業で数学の魔力に取り憑かれたが、物理が苦手且つ不得意で理系進学とはならなかった。今は昔数学を愛した文系進学者の勝手代表として、分かり易さの美名の下、数学で大事な厳密性を脇に置いて本書の解説を試みるが、本書中の多くの重要な数式は正直なところ評者の理解力を超えるものであり、様々な誤解曲解は完全に評者の責めに帰する。(本書要約)本書の実際の構成とは異なるが、著者の別の著作等も参照しつつ、数学が抽象化していく過程を辿ってみよう。1 古代ギリシャ時代からつい数百年前まで、数学は単一の学問とは必ずしも認識されておらず、数の性質を扱う代数学、図形の性質を扱う幾何学は基本的に別々の学問として発展したようである。2 17世紀には、(x,y)、(x,y,z)の実数の組でそれぞれ平面、空間上の点を表す座標が生まれた。座標は今では当たり前にも思える内容だが、こうした数と図形の結びつけは別々に発展してきた代数学と幾何学の接近の第一歩と評価できる。そして、高校までの数学の大部分はここまでの発展内容を取り込んだもの。3 19世紀半ば以降、幾何学では現実の2次元平面、3次元空間から離れ、非現実のn次元空間(蒔絵漆器のように対称性を保つ3次元空間から何とも描写し難い4次元以上空間まで)に考察を広げ、これが物理の一般相対性理論の基礎にもなっていく。n次元空間の分析手段として、集合(一つ以上のモノ・コトの集まり)と位相斎藤 毅 著抽象数学の手ざわり

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