ファイナンス 2023年1月号 No.686
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資本保全バッファー(CCB)およびカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)入門 ファイナンス 2023 Jan. 34*15) 宮内(2015)では、「『マクロストレステスト』は、当局の統一シナリオによるストレステストという意味のほかに、各金融機関がマクロシナリオに基づいたストレステストを行うことを指すこともある」(p.90)としています。*16) 宮内(2015)では欧米で実施されているストレステストを批判的に議論しています。*17) アーマー等(2020)では「ストレステストは、システミック・リスクが現出した場合に、(その関連媒介変数はわかっているので)、それを緩和する方法について、規制当局者に対して指針を提供するのに最も有用と期待されうるが、まだ予期していない脆弱性についての早期警戒を与えるものではない」(p.648)としています。*18) 同書を読むと、金融危機である中、様々な新しい施策をとるものの、公的資金の注入を受けた金融機関が配当やボーナスの支払いを継続するなど、その苦悩について赤裸々に記載されています。ストレス資本バッファーが配当制限とセットになっている背景には、このような事情があることを理解することも重要です。*19) SCAPでは、2008年末に資産規模が1000億ドルを超える大手金融機関19社を対象に実施されました。みずほ証券バーゼルIII研究会(2019)では「資本基盤が不十分とされた場合は、民間から資本調達や資本支援プログラム(Capital Assistance Program)に基づく強制転換優先株による公的資金の注入等による自己資本基盤の増強が求められたことから、『不合格』となった10行のうち9行は普通株式の発行や優先株から普通株への転換、資産売却によるリスクアセット削減等で自主的に対応したが、唯一大手自動車メーカーのゼネラルモーターズ系のGMACのみが公的支援の追加支援を受けた。一方で、十分な資本基盤があるとしてSCAPに『合格』した9行ではむしろ公的資金の返済が認められた」(p.278)と整理しています。す。CCAR(実務家は「シーカー」と読みます)において各行は、規制当局が用意したシナリオに加え、独自に作成したシナリオに基づき、資本の充分性に関する検証がなされます。CCARは、連結総資産500億ドル以上の銀行持株会社を対象に、年1回実施されており、各行はその結果をFRBに提出することが求められ、FRBはその結果をFRB自身のストレステストモデルによって検証します(その結果は6月末までに公表されます)。CCARはいわゆるトップダウン型ストレステストであり、各行が提出した結果がそのまま公表されるのではなく、FRB自身がFRBのモデルにより再計算・検証している点が特徴です。そもそもストレステストとは、2008年の金融危機時と同等のショックが発生した際、どのような損失が発生するかなど、特定のシナリオに基づいて各銀行の損失を算出する方法です。VaRなどのリスク測定手法は一定の確率分布の推定が必要になりますが、一定のシナリオを置けば、各行がどのような損失を計上するかを当局が把握できるため、簡便的と解釈できます。そのため、ストレステストを用いて必要な自己資本を確保するとは、一定のストレス・シナリオが発生したとしても各行の健全性が保たれるよう自己資本を求めていることを意味します。なお、FRBなど当局によるストレステストはマクロストレステストと呼ばれることもあります*15。ストレステストは金融機関のリスク管理の実務においても広く用いられてます。実際、我が国の金融機関はリスク管理においてストレステストをVaRなどと併用しています。リスク管理のテキストでは、VaRのように一定の確率分布に立脚したリスク指標に対し、ストレステストは、稀なイベントが発生するリスクを捕捉する手法と説明される傾向があります。一方、ストレステストに一定の限界がある点も確かです。最大の問題は、現実的なストレスシナリオを設定することが困難である点です*16。そもそも金融危機を予測することは困難であり、当局が予測し得ないような状況が金融危機を生んでいるとも考えられますから、当局が設定したシナリオが早期にワーニングを与える機能を有しているとは思えません*17。アーマー等(2020)では「どのような種類の変化が問題を引き起こすかについての規制当局の認識に基づくものであり、芸術(art)であって科学(science)ではない」(p.648)としています。米国におけるマクロストレステストの歴史米国ではストレステストを規制に取り入れるという先駆的な試みを実施していますが、当局が実施するマクロストレステストの歴史は、金融危機時に実施されたストレステストまでさかのぼります。当時米国の財務長官であったティモシー・ガイトナー氏は「Stress Test:Reflections on Financial Crises」(邦題は「ガイトナー回顧録」)というタイトルの著書を出しており、金融危機時にストレステストに至った経緯や当時の苦悩などについて詳細に記載しています。同書を読むと、金融危機時は、そもそも、それまでに経験のない危機のさなか、どの銀行が深刻な自己資本不足に陥っているかがわからない状況でした。そこで、ガイトナー氏は、ストレステストを実施することで健全な金融機関を明らかにするとともに、資本不足であり、支援が必要である金融機関を峻別することで、マーケットにおける疑心暗鬼を打ち消そうとしました*18。2009年に実施されたFRBのストレステストはSupervisory Capital Assessment Program(SCAP)*19と呼ばれています。白川(2018)は、「公的当局がきわめて厳しいストレス・シナリオを金融機関に提示し、不足する自己資本の金額を算出して、市場での自己調達の努力を促す。そのうえで不足する金額を当局からの公的資金でまか

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