ファイナンス 2023年1月号 No.686
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3資本保全バッファー3.1  プロシクリカリティの緩和としてみた 資本保全バッファー(CCB)およびカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)入門 ファイナンス 2023 Jan. 32*6) 白川(2018)のp.514を参照。*7) マクロ・プルーデンスの正確な起源について議論がありますが、その一つとして、1998年のUK FSAの設立によるBOEから銀行監督権限を移管したことからはじまるFinancial Stability Reviewの公表などの取組みにあるという指摘もあります。*8) ここの段落は、白川(2018)のp.514-p.516を参照としています。詳細は同書をご参照ください。*9) 宮内(2015)は批判的な観点でマクロ・プルーデンスを議論しています。*10) アーマー等(2020)のp.451を参照しています*11) アーマー等(2020)は、「理論的には、CCBが一時的に高い水準の損失を吸収することによって、銀行は景気後退期の貸出水準を維持することができる。実際には、CCBがこのように簡単に機能するかどうかは疑わしい。配当が制限されていることを考えると、経営陣も株主も、できるだけ早くバッファーを回復させることを望むだろうから、困難な時期には当然にバッファーを下回るという運営は避けるだろう」(p.451)としています。こうした見方からすると、資本保全バッファーの導入は最低所要水準の引上げと同様の効果しかないということになります。観点でその関心が高まったとしています*6*7。白川(2018)では、プルーデンス政策を、(1)個々の金融機関に対する監督、(2)可変的なマクロ・プルーデンス政策手段、(3)構造的なマクロ・プルーデンス政策手段の3つに分類しています*8。(2)の「可変的なマクロ・プルーデンス政策手段」とはマクロ的な金融情勢の変化に反応して、金融機関の行動に直接影響を与えようとする政策であり、カウンターシクリカル・バッファーはこれに相当します。一方、(3)の「構造的なマクロ・プルーデンス政策手段」はマクロの金融システム全体のリスク最小化を目指すものであり、資本保全バッファーは構造的なマクロ・プルーデンス政策手段に相当すると解されます。本稿ではあくまでバーゼル規制という観点でマクロ・プルーデンス政策に焦点を当てるため、マクロ・プルーデンス政策の是非については取り上げません。しかし、読者にご理解いただきたい点は、マクロ・プルーデンス政策についてはその有効性に批判もある点です*9。マクロ・プルーデンス政策そのものについてはアーマー等(2020)や植田(2021)などで議論されているため、これらを参照していただければ幸いです。資本保全バッファー3.2  社外流出制限措置としたみた資本保全バッファーも必要になると解釈できます。*6*7*8*9実務家が記載した既存のバーゼル規制の教科書では、資本保全バッファーを社外流出制限措置として整理することが少なくありませんが、アーマー等(2020)は、前述のマクロ・プルーデンス政策との関係を強調した説明をしています。服部(2022a)で説明したとおり、リスクアセットとは、銀行が有するリスク量を推定したものであり、景気などの要因によって変動します。例えば、信用リスクを推定するうえで、一定の条件を満たした外部格付や銀行自身による内部格付を用いることから、景気が悪いときは、企業の格付けの低下などを通じてリスクアセットが増加し、「自己資本/リスクアセット」が低下するメカニズムが生まれます。また、景気が悪化した際には借り手の信用度が低下しますから、必要となる引当額が増え、分子の自己資本の減少を通じ「自己資本/リスクアセット」が低下する効果が加わる可能性もあります。アーマー等(2020)は、景気悪化時に、資本の増強ではなく、貸出の抑制など資産サイドの調整によって自己資本比率を維持する可能性を指摘しています。その上で、銀行が自己資本比率を維持しようとする行動が、銀行からの借入を困難にし、そのことが景気循環を悪化させるという議論を紹介しています*10。資本保全バッファーは、このような循環的な効果を打ち消すことが企図されています。同書が指摘するとおり、ストレス時以外の期間において、CET1資本の積み上げを求めることで、景気悪化時にリスクアセットが拡大したとしても、貸出を減らすなど、リスクアセットを圧縮する必要がなくなるわけです。しかし、同書では、このように企図した結果が得られるかは疑わしいとも指摘しています*11。前述のとおり、資本保全バッファーは、配当などの社外流出制限と明確に紐づいていますから、金融機関にとってそれを避ける誘因もあるからです。この点については特にコロナ禍で議論がなされたのですが、詳細は後述します。前述のとおり、資本保全バッファーには段階的に資金の社外流出を制限する措置が付されています。この

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