ファイナンス 2023年1月号 No.686
36/96

(出所)アーマー等(2020)より加筆・修正図表3 資本バッファーがもたらすCET1比率への影響CET1比率中立バッファー(1)最低所要自己資本景気変動によりCET1比率は変動(2)景気に中立的なレベル景気循環(4.5%)時間*5) ここでの説明はアーマー等(2020)を参照としています。2.2  資本バッファーがプロシクリカリティに与えるイメージに資本の積み増しを求めることで景気後退時の取崩し余地を確保することを目的としています。このバッファーの最大の特徴は各国の当局の判断で設定できる点であり、図表2に記載しているとおり、我が国では0%に据え置かれています。なお、図表2の右上に記載してあるとおり、システム上重要な金融機関については、G-SIBs/D-SIBsバッファーと呼ばれる追加的な資本が求められています。バーゼル規制では、金融システムに対して特に影響が大きい金融機関の破綻を防ぐため、一定の方法でシステム上重要な金融機関を特定します。そのうえで、システム上重要な金融機関については、その分、追加的にCET1資本を求めることで、当該金融機関が倒産する可能性を減らす措置がとられています。紙面の関係で、システム上重要な金融機関については次回の論文で説明することを予定しています。図表3は、各種バッファーが自己資本比率(CET1比率)に与える影響のイメージを示しています。まず、最低限達成するべきCET1比率が4.5%であり(その他Tier1やTier2も含めれば8%)、これは図表で「(1)最低所要自己資本」とされている部分です。詳細なメカニズムは後述しますが、景気循環によりCET1比率がテクニカルに動く部分があり、規制当局として達成したいレベルは図表3にある「(2)景気に中立的なレベル」といえます。もっとも、景気循環によって自己資本が増減することから、資本保全バッファーにより資本を厚めにするとともに、カウンターシクリカル・バッファーにより与信などの過熱度合いに応じてCET1比率を変化させる措置が取られています。なお、バーゼル規制におけるプロシクリカリティの緩和は、マクロ・プルーデンス政策という観点で整理することもできます。服部(2022a)では、プルーデンス政策について金融システムの安定性を確保するための政策と説明しましたが、ミクロ・プルーデンス政策とマクロ・プルーデンス政策に分けることができます。ミクロ・プルーデンス政策とは銀行個別の健全性を考える政策である一方、マクロ・プルーデンス政策はマクロで見た金融システムの健全性を考える政策であり、本稿で取り上げる各種資本バッファーは、マクロ・プルーデンス政策と整理することができます。アーマー等(2020)は、ミクロ・プルーデンス政策とマクロ・プルーデンス政策を区別するうえで、「薬と公的医療制度」の違いを例にあげて整理しています*5。私たちが病気になった場合、薬によりその症状を改善することが可能ですが、これは個々人にフォーカスしているという点でミクロ・プルーデンス政策と解釈できます。一方、公的医療制度のように、住民や国民を対象とする政策も重要です。こういったマクロ的な観点の政策がマクロ・プルーデンス政策に相当するわけです。特に重要な点は、個々人への良い治療が、病気の拡散を防ぐことなどに必ずしもつながらない点であり、それゆえマクロ・プルーデンス政策 31 ファイナンス 2023 Jan.BOX 1 マクロ・プルーデンス政策とは本稿ではマクロ・プルーデンス政策について触れましたが、そもそもマクロ・プルーデンス政策は、2008年の金融危機以前、実際の政策というよりも学術論文の中で議論がなされていました。その後、2008年の金融危機の経験を経て、実務的な観点でもマクロ・プルーデンス政策の重要性が認識されます。白川(2018)ではマクロ・プルーデンスという言葉自体は1990年代に日銀で既に存在していたものの、金融危機以降、実際の規制・監督の

元のページ  ../index.html#36

このブックを見る