ファイナンス 2023年1月号 No.686
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1はじめに「バーゼル規制入門」(服部, 2022a)で議論したとおり、金融危機を経て様々な規制改革がなされています。図表1は、金融危機以降のバーゼル規制の概要ですが、筆者はこれまで主に「資本水準の引き上げ」(図1左上)や「資本の質の向上」(図1右上)について説明してきました。本稿では図1右下に記載してある「プロシクリカリティの緩和」について取り上げます。「プロシクリカリティの緩和」とは、バーゼル規制がもたらしうる循環的な効果を解消する試みです。例えば、服部(2022a)で説明したとおり、自己資本比率規制では「自己資本/リスクアセット」という比率に規制が課されています。もっとも、リスクアセットは、信用リスクを反映した値になっているがゆえ、景気が悪化した際、リスクアセットが増加することを通補完(出所)金融庁資料図表1 金融危機以降のバーゼル規制の全体像資本水準の引き上げ普通株等Tier1比率、Tier1比率の最低水準を引き上げリスク捕捉の強化 カウンターパーティー・リスクの資本賦課計測方法の見直しエクスポージャー積み上がりの抑制では日本語でよく使われる「カウンターシクリカル・バッファー」という表現を用いています。自己資本自己資本比率=リスク・アセット自己資本レバレッジ比率=ノン・リスクベースのエクスポージャー資本の質の向上①普通株等Tier1に調整項目を適用②Tier1、Tier2適格要件の厳格化定量的な流動性規制(最低基準)を導入①流動性カバレッジ比率(ストレス時の預金流出等への対応力を強化)②安定調達比率(長期の運用資産に対応する長期・安定的な調達手段を確保)プロシクリカリティの緩和資本流出抑制策(資本バッファー<最低比率を上回る部分>の目標水準に達するまで配当・自社株買い・役員報酬等を抑制)などシステム上重要な銀行への追加措置システム上重要な金融機関によってもたらされる外部性を減少させるような追加資本を賦課*1) 本稿の作成にあたって、川名志郎氏、吉良宣哉氏、富安弘毅氏、秀島弘高氏など、様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。*2) 「Countercyclical capital buffer」という名称であることから、カウンターシクリカル資本バッファーという表現が使われることもありますが、本稿東京大学 公共政策大学院 服部 孝洋*1じて、自動的に「自己資本/リスクアセット」が低下します。銀行が仮に「自己資本/リスクアセット」を一定にするというインセンティブを持つとすると、例えば、貸出などを減らすことで「自己資本/リスクアセット」の維持を図る可能性が生まれます。このことは、景気の悪化が、自己資本比率規制を通じてさらなる景気の悪化を引き起こすという循環的な効果(プロシクリカリティ)をもたらします。バーゼル規制では、金融危機以降の規制改革により、「資本保全バッファー(Capital Conservation Buffer, CCB)」および「カウンターシクリカル・バッファー(Countercyclical capital buffer, CCyB)」を通じて、このような循環的な効果を軽減する措置が取られています*2。詳細は本稿で記載しますが、両者とも「普通株式等Tier1資本」(Common Equity Tier 1, CET1) 29 ファイナンス 2023 Jan.資本保全バッファー(CCB)およびカウンターシクリカル・バッファー(CCyB)入門―バーゼル規制における資本バッファーを通じた「プロシクリカリティ」の緩和について―

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