ファイナンス 2022年12月号 No.685
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38 ファイナンス 2022 Dec.『山奥ビジネス』は三部構成です。第一部は山奥でビジネスを展開している事例を4つ紹介しています。その中で本日は熊本県山やま都と町の事例と、石川県能登町の事例をご紹介します。第二部では自治体事例を3つ研究しました。その中から本日は人口約700人の山梨県小菅村の「源流の村」の事例をご紹介します。第三部ではビジネス事例と自治体事例を踏まえて、「地方経済を活性化するためにはどうしたらよいか」そして「若い世代の地方移住を促進するためにはどうしたらよいか」ということを検討しております。本日は前者の「地方経済の活性化」についてお話いたします。『山奥ビジネス』のキーコンセプトは3つです。それは「ハイバリュー・ローインパクト」「SLOCシナリオ」「越境学習」です。ハイバリュー・ローインパクトというのは、価値が高い財・サービスを提供して、自然環境や土地の文化への影響は少なくしていくというビジネス展開のことです。ハイバリュー・ローインパクトはブータン政府の観光政策です。2番目のSLOCシナリオですが、SLOCというのはSmall,Local,Open,Connectedの4つの頭文字をとったもので、イタリアのソーシャルデザイン学者のエンツィオ・マンヅィーニが提唱しております。SLOCシナリオを説明した箇所で、マンヅィーニはE・F・シューマッハーが1973年に出版した『スモール イズ ビューティフル』という本に言及しています。インターネットの存在により、世界は開かれてつながるようになっているので、「SmallはSmallではなく、LocalはLocalではない」とマンヅィーニは言っております。このSLOCシナリオの典型例として紹介されているのがイタリアのスローフード運動です。1986年にローマのスペイン広場にマクドナルドが出店することについて、イタリア国内でローマを中心に強い反対運動が起きました。実際にはスペイン広場のあまり目立たない場所にマクドナルドは出店できたのですが、「アメリカのファストフードが来ていいのか」「イタリアのマンマの味はどうなるのだ」といった出店に反対する運動がローマを中心に起こったのです。イタリアのスローフード運動とは、「単にご飯をゆっくり食べましょう」ということではなくて、「その土地でできた農産物を使い、ローカルな食べ物や食文化を大切にしましょう」というものですが、それが世界的な運動につながっていくわけです。『スモール イズ ビューティフル』という本は、ほぼ50年前に書かれたのですが、その文章の中の本質的なところをレジュメに書き出してあります。「大量生産の体制によって立つ技術は非常に資本集約的である。大量にエネルギーを食い、しかも労働節約型である。あまり雇用創出力を持たない。一方、大衆による生産においては、誰もが持っている尊い資源、すなわちよく働く頭と器用な手が活用され、これを第一級の道具が助ける。」というものです。つまり全くの手仕事で何かやっていることが尊いということではなくて、多少機械化するのだけれども、エネルギーをできるだけ使わずにやる、こういうことが50年前の本に書いてあって、「まさにこれは今のSDGsにつながっている」と思います。3番目の越境学習ですが、越境学習の典型例は、地方から都会の学校に進学・留学したりすることです。家業を継ぐ人が他社に勤めてから家業に戻ることも越境学習です。ですが私の場合のように、「都会から地方に移住して20年間地方に住む」というのも越境学習です。そして、その20年間のフィールドワークの成果を『山奥ビジネス』という本にまとめました。では実際に「山奥ビジネス」の事例をご紹介したいと思います。最初の事例、熊本県上益城郡山都町は人口1万4千人の高齢化・過疎化が進む山奥の町です。山都町は熊本と宮崎県延岡をつなぐ日向往還という街道沿いにあり、自由律俳句の種田山頭火がここで「分け入っても 分け入っても 青い山」と句を詠んだそうです。まさにこの句のように、青い山々が連なっているところです。山都町は2014年に出版された『地方消滅』(増田寛也著)において、熊本県で2番目に消滅可能性が高い(3)『山奥ビジネス』の構成(4)3つのキーコンセプト(5)事例1:熊本県上益城郡山都町(ア)山奥にある赤字の小さな酒造を継ぐ

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