ファイナンス 2022年12月号 No.685
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*15) ここでの記述は秀島(2021)において「自己資本定義部会共同議長としての感想(1)」(p.99-p.101)を参照としています。詳細は同書をご参照ください。*16) ここの記述は北野・緒方・浅井(2014)を参照しています。詳細は同書のp.212-214をご参照ください。*17) MM定理との関係については、服部(2022)のBOX3を参照してください。 AT1債およびバーゼルIII適格Tier2債(B III T2債)入門 ファイナンス 2022 Dec. 19減される仕組みが採られています(AT1債では株式に転換されるものも含むのですが、ここでは現在、日本で発行されている元本削減型を前提に説明します)。すなわち、CET1比率が5.125%を下回った場合、AT1債の元本削減がなされる仕組みが付されています(5.125%より大きく下回ったら元本削減がより大きくなる点に注意してください)。この条件をゴーイング・コンサーンのための元本削減であることから、ゴーイング・コンサーン・トリガーといいます。金融商品の性質としては、AT1債へ投資した場合、普通の社債や劣後債に比べて金利が高い一方で、発行体の自己資本が薄くなってきたら元本削減がなされるリスクがあります。ただし、そのような状態であれば、当然株価も大きく下がっているでしょうから、株式よりは相対的にリスクは低いという商品になります。株式の場合、もちろん、リスクが高い分、高いリターンが付されるため(発行体からみると高い調達コストを負担する必要があるため*17)、銀行サイドとしては認められる範囲(具体的にはTier1資本のうちの1.5%)でAT1債を発行するインセンティブを有しています。なお、我が国ではCET1比率が5.125%を下回ったら、下回った分を元本削減するという元本削減型のみが発行されていますが、もし仮3.2 ゴーイング・コンサーン・トリガーBOX 1 バーゼルIIIにおけるTier2を巡る議論秀島(2021)によれば、金融危機を受けてバーゼルIIIへ向けた規制改革を検討する中で、Tier2について残すべきかどうかの議論がなされたとしています*15。具体的には、Tier2がそもそも必要かどうかの議論を行ったうえで、破綻時に損失吸収力がある資本があった方が良いという判断から2009年12月の市中協議案ではTier2は残される形で提案されたとしています。もっとも、実際には劣後債が損失吸収をする事例が少ないことから、破綻処理が始まった段階で確実に損失吸収ができるような要件(実質破綻時損失吸収条項件)が追加されることになりました。また、我が国において、Tier2という補完的項目が残されたのは国際統一基準行のみという点も重要です。服部(2022)で説明したとおり、バーゼル規制はあくまで国際的にビジネスを展開する銀行が対象とされており、国際的にビジネスを展開しない銀行(国内基準行)については、バーゼル規制と整合性があるものの、少し緩やかな規制が課されています(国内基準行についてはコア資本/リスク・アセットが4%以上求められています)。「コア資本」という概念はバーゼルIIIで新しく導入されましたが、「コア資本」には劣後債が含まれていません。その理由として、国内基準行については、過去の事例をみると、破綻前に公的な介入がなされることが少なくなく、劣後債の投資家は実質的な負担を免れるという点でモラルハザードの要因になりえる点や、Tier2債を発行していた金融機関が質の高い資本を十分に有していないという問題点が指摘されました*16。さらに、実質破綻時損失吸収条項件を含んだTier2債を国内基準行が発行した場合、適正な市場が生まれるかどうかについて不確実性があること等から、Tier2債を資本から外すという判断がなされたとされています。に制限があるものがあります。劣後債の中でも満期がない債券(永久劣後債)であれば、株式に似通った性質が生まれてくることになります。また、一定の条件で債券から株式に転換される転換社債も存在します。このようにしてみると、資本と負債は単純に二分されるわけではなく、グラデーションがあることに気づきます。債券と株式の両面性を持つ有価証券は、株式と債券のハイブリッドであることからハイブリッド債と呼ばれることもあります。*15*16AT1債の条件を満たすためには、BIIIT2債とは異なり、「ゴーイング・コンサーン・キャピタル(生き延びるための資本)」であることから、実質的な破綻の前に損失吸収を行う仕組みが必要になります。BIIIT2債にはPON条項(実質破綻時損失吸収条項)がありましたが、ゴーイング・コンサーン・キャピタルとしての性質を満たすためには、PON条項のように実質破綻後の条項だけでなく、その前に、早い段階で損失吸収がなされる仕組みが必要です。具体的には、AT1債の場合、前述のPON条項に加えて、CET1比率が一定以下になった場合、元本が削

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