1はじめに「バーゼル規制入門」(服部, 2022)では自己資本比率規制について取り上げ、金融危機をうけて、普通株式等Tier1資本(CET1)が導入されるなど、自己資本の質の向上が図られたと説明しました。図表1は、服部(2022)でも紹介した図表になりますが、CET1比率がかつて2%*2であったところ、バーゼルIII以降では4.5%が求められていることがわかります。その一方で、図表1には、「その他Tier1」と「Tier2」も記載されており、金融危機以降の規制改革の中で、基礎的項目であるTier1や補完的項目であるTier2についてもその定義が見直されています。具体的には、前者をいわば「生き残るための資本」であるゴーイング・コンサーン・キャピタルとする一方、後者を「秩序ある破綻のための資本」であるゴーン・キャピタルとして定義しなおしました。図表1 バーゼルIIIにおける自己資本の内訳(出所)金融庁8.0%4.0%2.0%*1) 本稿の作成にあたって、川名志郎氏、吉良宣哉氏、秀島弘高氏など、様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。*2) この図ではバーゼルIIにおいても普通株等Tier1の記載がありますが、これはバーゼルIIIの定義に基づき、バーゼルIIにおける自己資本を再整理していると思われます。北野・緒方・浅井(2014)では1998年のバーゼル銀行監督委員会におけるシドニー合意を経て、Tier1比の半分が通常の株式資本が中心の資本構成になるよう、監督指針が定められたと指摘したうえで、バーゼルIIのTier1比率について「便宜的に、これまでの最低所要普通株式等Tier1比率が2%であったとの説明がなされることもある」(p.40)としています。*3) 下記をご参照ください。 自己資本8.0%Tier26.0%Tier2その他Tier14.5%Tier1その他Tier1普通株等Tier1普通株等Tier1バーゼルII(国際基準)バーゼルIII(最低比率)https://sites.google.com/site/hattori0819/10.5%Tier2総自己資本その他Tier18.5%7.0%Tier1普通株等Tier1資本保全バッファー4.5%資本保全バッファー未達時には配当等を制御普通株等Tier1バーゼルIII(最低比率+資本保全バッファー)総自己資本Tier1普通株等Tier1 14 ファイナンス 2022 Dec.既存のテキストはAT1やTier2の定義そのものについて詳細に説明をする傾向にありますが、本稿の特徴は、その要件だけでなく、その市場や債券としての特性についても焦点を当てている点です。現在、「その他Tier1資本」を満たすための債券はAT1債(Additional Tier 1債)と呼ばれる一方、Tier2を満たすための債券は、バーゼルII時に発行されていたTier2債と区別するため、バーゼルIII適格Tier2債と呼ばれています(実務家は、BaselIII適格Tier2債を略して「BIIIT2債」と記載する傾向があります)。BIIIT2債は、本稿で説明する実質破綻時損失吸収条項など新しい条件が加わっており、それまで発行されていたTier2債からその性格が大きく変化しています。2010年代後半から、我が国では、AT1債やBIIIT2債は定期的に発行されており、今では資本市場で普及した商品になっています。なお、債券をイメージした説明を行いますが、BIIIT2債や後述するAT1債については、ローンなどの形式もとりうる点に注意してください。本稿では「バーゼル規制入門」(服部, 2022)を前提とするので、自己資本比率規制そのものの知識の確認が必要な読者は同論文をご一読ください。また、通常のバーゼル規制のテキストではAT1を説明した後、Tier2について説明をしますが、本稿では相対的にシンプルなTier2を説明した後、AT1を説明するという流れを採っています。なお、筆者が記載してきた債券や国債の一連の入門シリーズは筆者のウェブサイトにまとめて掲載してあります*3。東京大学 公共政策大学院 服部 孝洋*1AT1債およびバーゼルIII 適格Tier2債(B III T2債)入門―バーゼルIII対応資本性証券(ハイブリッド証券)について―
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