ファイナンス 2022年11月号 No.684
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財務総合政策研究所 主任研究官  松岡 秀明*1) 本稿の内容や意見は全て筆者の個人的な見解であり、財務省および財務総合政策研究所の見解を示すものではない。本稿における誤りのすべては、筆*2) ブルネルマイヤー教授らは、安全資産としてのこれらの特徴を“必要な時にそこにいる親友のようなものである”と例えている。者の責に帰すべきものである。1.1.基本的な性質:価値保蔵と流動性1.2.グローバル安全資産が必要な理由1. グローバルな安全資産の基本的な特徴 72 ファイナンス 2022 Nov.今月のPRI Open Campusでは、財務総合政策研究所に所属する研究者が行っている研究の内容を紹介します。近年、米国債の金利が他国の金利よりも安定して推移してきた背景として、米国の国内事情だけではなく、米国債がグローバルな安全資産として位置付けられてきたという事情があることが、多くの国際金融の専門家や実務家からも指摘されています。グローバルな安全資産とはどのような概念なのか、なぜ米国債がそのような資産として位置付けられてきたのかについて、「ファイナンス」の読者の方々にも関心を持っていただけるように、わかりやすく紹介します。本稿では米国の長期金利として参照される米国債がグローバルな安全資産である背景を整理する。本稿では以下、1.グローバルな安全資産の基本的な特徴、2.グローバルな安全資産の決定要因の理論的な整理、3.米国債の安全性に関する実証研究の整理の順で説明をする。*1プリンストン大学のブルネルマイヤー教授らの論文Brunnermeier et.al(2021、2022)によれば、安全資産には主に2つの特徴(i)市場ストレスがある時(例:世界金融危機など)でも価格が下がらない(価値保蔵)、(ii)高い流動性(いつでも米ドルなど信用力のある決済通貨に交換可能)があるとしている*2。すなわち、危機時に価格の値下がりなしで売却が可能で、資金を調達出来ることが特徴である。また、現IMFチーフエコノミストらが執筆したGourinchas and Jeanne(2012)によると、グローバルな安全資産の特徴の「価格の値下がりがない」ことについて具体的に、3つのリスク-デフォルトリスク、インフレリスク、為替リスク-がないとしている。いくつかの新興国・途上国では、頻繁に起こる対外債務の不履行、高インフレ、為替の大きな変動など自国経済が不安定で、金融システムが未成熟なため、自国ではグローバルな安全資産を作り出すことが困難である。Brunnermeier et.al(2021)によれば米国債、ドイツ国債、日本国債がグローバルな安全資産としての資格を持っていると述べている。米国債のうち外国人投資家の保有割合は2000年代以降、一貫して約2、3割(米国資金循環統計)を占めている。その中でも他の国にはない特徴として、新興国の外貨準備を通じた公的セクターの保有が太宗を占めている(図1-1)。World Bank(2021)が世界の中央銀行に外貨準備を持つ理由についてアンケート調査をしたところ、「将来の対外的なショックに備えた予備」が80%と最多であった(図1-2)。そのため、危機の時に自国通貨安、債券安で大きな経済損失を防13なぜ米国債はグローバルな 安全資産なのか*1

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