ファイナンス 2022年11月号 No.684
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(6)総括 68 ファイナンス 2022 Nov.置もありましたし、社会的にも分断なりあるいはオンライン化なり、そういったものが強制されたわけです。1 中国中国或いはアジアにとって、今回のウクライナ戦争と同じか或いはそれ以上に大きかったのは、2020年の6月に中国の立法府のもとで行われた香港への国家安全維持法の適用です。これは一国二制度が事実上空洞化してしまう、香港の少なくとも治安安全については本土と同じにする、ということで香港の反政府・自由民主勢力を徹底的に抑圧することを可能にする枠組みを作ったということであろうと思います。これはコロナがなければ、あれだけスムーズに実現しなかったと思われます。コロナを理由として集会の大幅な制限という活動制限を行う建前があったから実施できたと言えると思います。この措置によって、台湾と中国の関係も決定的に変化が生じました。それまでは一国二制度は曲がりなりにも中国側が示したある種の曖昧な枠組みで、そのもとで平和的に統一していくという建前を鄧小平時代以来維持してきたわけですが、習近平政権は「まさに香港と同じようにするというのが一国二制度なのだ」ということで、治安・軍事関係については台湾の自立性というのは認めない、とし、台湾としてはとても受け入れることができないという意味で、中国と台湾の間の曖昧ゾーンというのがほぼなくなってしまったということかと思います。2 アメリカアメリカでは2020年11月の大統領選挙でバイデン氏が勝利したわけですが、選挙の結果をめぐって年明け1月6日に議会への暴徒の乱入というアメリカの憲政史上かなり大きな事件が起きました。選挙の結果がバイデン氏による不正によるものではないことは間違いないと思いますが、しかしこの結果に大きく影響したのはコロナでした。コロナによって直接投票は無理であることから郵便投票を大幅に拡充したわけです。そしてまず間違いなく、そうした制度変更によって民主党側が大きく有利になって、普段投票に行けない人が郵便で投票できたことが結果に影響したということは否定できないところです。それまでもアメリカの政治的分断は深刻だったのですが、今のアメリカは南北戦争以来の分断になっていて、内戦が起きても正直不思議ではないくらいの激しい対立になっています。今の世界の状況というのは、ロシアをめぐる対立ということが非常に大きく出ているのですが、アジアにおいてもアメリカにおいてもコロナが加速させた政治的亀裂がより決定的な段階に至っており、そういう中でウクライナ戦争が起きているのだと思います。過去30年間において世界経済が大きく繁栄したことは間違いないですが、30年を通じて政治的な安定の時代というのは基本的にはなかったと思います。にもかかわらず西側の経済的優位がそのまま政治的優位につながると読み替えて、当面の危機を乗り越えればより安定した時代が来るということで、金融危機であれ、テロとの戦いであれ、対応してきたわけですが、より大きな秩序構築ということには意を用いてこなかったのです。自由民主主義、市場経済、法の支配、人権というものがワンセットで正しい価値なので、これを共有しない勢力をやっつけていけば、こういう価値観の共有ゾーンが広がっていくと考えてきたのです。こういう考え方の根底には、アメリカが主導するテクノロジーが世界を引っ張ってきたのだから、同様に政治や経済、社会、思想といったものにも当てはめることができる、つまりテクノロジーの力ですべてにおいて自由主義の価値観を共有できているという前提があるのです。しかし、実際には今回のコロナ・パンデミックが示すように、科学やそれを応用した技術は重要なツールではあるのですが、それで実際的な問題はすべて片付くわけではいないのです。すべてに合理的理性的な解決が可能であるとする価値観を暗黙の前提としてきた、その結果として自由主義世界における政治が空洞化してしまう、ということになったのです。政治の世界では、合理的、客観的、理性的で、いわゆる権力闘争なしに、ある政治が行うべき行政、アウトプットが決められるのだという「権力論なき政策」と、合理性は抜きにして感情とか思想だけで論じる

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