ファイナンス 2022年11月号 No.684
71/92

ファイナンス 2022 Nov. 67 令和4年度夏季職員トップセミナー (4)西側秩序の後退と中露の台頭1 アメリカ(5)コロナ・パンデミックと世界の分断てロシアが反撃をして係争地域をロシアが支配することになりました。ここにおいて既に今日の中露の、西側とは違うスタンスが明白化していたわけです。しかし、アメリカを中心とする西側は、9月にリーマン危機が始まってG20首脳会議が発足したことが示すように、ともかく世界経済恐慌を避けることを優先しました。そのためにはBRICsを含めた新興国の政治体制とか人権などを言っているよりも、まず経済で協力する方が大事だということで、胡錦涛政権のもとでのいわゆる「4兆元政策」、すなわち大規模公共事業をやって中国の成長率を下げないという政策に西側は非常に大きく依存することとなったのです。また2000年代に入ってずっと資源価格の高騰が問題になっていたわけですが、それに対してロシアのエネルギーを積極的に活用する、当然ながら結果的にプーチン体制を強めるということになったわけですが、経済危機を乗り越えることを優先したということであります。そうしたツケが2010年代に出てきたということでありまして、西側秩序が2010年代にははっきり後退して、とりわけ中国とロシアが西側秩序に対する挑戦をあからさまに行うようになりました。2010年頃にはすでにアメリカのオバマ政権が「アジア・リバランス」ということを言っており、テロとの戦いには一応区切りをつけて、中国を主敵とまでは当時言いませんでしたが、軍事的にはアジアを最も重要視するという方針を打ち出しました。しかし実際にやろうとすると、中東で「アラブの春」と当時言われたような政治不安定が生じて、とりわけシリアやリビアで深刻な状況になりました。ヨーロッパにおいてもロシアの問題があって、アメリカはNATOを重視せざるを得ないということで、リバランスと言ってはいますが実際にはそれほど大きなアジアへの集中というのはできなかったと思います。その間に南シナ海での中国による人工島の拡大、浚渫工事などをアメリカが容認してしまうことになったわけです。アメリカが国内政治の問題も含めて苦しんでいる状況が2016年にはさらに大きな形となって、ポピュリズムという形でトランプ氏が大統領に選ばれたり、イギリスがEUから離脱したりする、ということで今日に至るわけです。2 中露ロシアではプーチン氏が4年間首相をやった後に2012年にまた大統領に復帰しましたが、この頃からプーチン政権の性質はかなり強権化・イデオロギー化が明確になったと思います。彼なりの保守的な歴史観を前面に出していって、それに合わない価値観を弾圧していく。同じ年に習近平氏も共産党大会で総書記になり、翌年には国家主席になりましたが、彼が国家主席就任後最初に訪問した国はロシアであり、プーチン大統領と会見して、プーチン大統領と習近平主席の間の個人的友情が確認されたと言えるのだろうと思います。習近平の思想も従来の「経済を発展させることで共産党体制を保つ」という鄧小平路線から、むしろ中国の歴史を背景としたナショナリズム、中華民族の歴史的復興、中国が世界史的に本来あるべき文明のリーダーとしての地位を取り戻すことを長期目標として掲げるようになったのです。ウクライナでは2013年から2014年にウクライナのいわゆる民主化革命であるマイダン革命とロシアのクリミア併合が起きたわけですし、中国においても南シナ海の問題、台湾の問題があったわけですが、2019年には中国とロシアが「包括的・戦略協力パートナーシップ」を提唱しました。中ロはいわゆる軍事同盟ではない、お互いに軍事的に助ける義務を負い合う関係ではないけれど、逆にあらゆる面で協力できるところは協力していく、ということです。特に両首脳はそういう関係を実現していくことを重要政策としているということだろうと思います。このような前提のもとに2年前にコロナ・パンデミックが始まりました。今回のウクライナ戦争の直接の背景としてコロナの世界的流行は大きな意味を持つのではないかと思います。コロナというのは強制的に経済交流を停止させる効果を持つものであり、国境措

元のページ  ../index.html#71

このブックを見る