ファイナンス 2022年11月号 No.684
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ファイナンス 2022 Nov. 65 令和4年度夏季職員トップセミナー (1)冷戦終焉の誤認(2)アメリカの驕りそうなると、これらの国はNATO加盟国ですから、NATO全体とロシアとのより本格的な交戦ということになりうるわけです。そのようになると、戦術核兵器の使用ということが実際に射程に入ってくる。戦術核兵器の使用、いわゆる核戦争となってくると、実際上どのように進展するのかというのは西側にも明確なシナリオはない。そういう人類の未体験ゾーンに入っていく形での戦争拡大シナリオ、これは日本を含めて世界にとって最悪のシナリオです。3 プーチン体制の動揺瓦解シナリオ3つ目のシナリオは、プーチン政権がウクライナで事実上の敗北を受け入れるというものです。そうなると、プーチン政権が無事でいることはなかなか難しく、何らかの体制の動揺、瓦解シナリオが射程に入ってくることだと思います。私の見るところでは、そのシナリオが30年くらい前の冷戦の終わりのような形で平和的に民主的ロシアに移行する可能性は極めて低いと言ってもよいかと思います。ロシアには連邦政府が倒れた時にその後を引き継ぐような組織はありませんし、当然プーチン支持勢力以外の政治勢力は徹底的に弾圧されていますので、プーチン氏に代わった誰かが平和的に次を継承するシナリオは非常に難しいということで、ロシアの保有する核弾頭の管理をはじめとして、ロシアの体制が抱え込んでいる様々な要素の世界的な管理を含めて考えていかないといけないのです。大きく過去30年間を振り返ると、1989年に平和的に東ヨーロッパが脱共産化して、1991年におおむね平和的にソ連が解体し、冷戦が終焉することになったのですが、冷戦終焉という経験について西側に一種の誤認があった、と言えるだろうと思います。共産主義の破綻が示されて、典型的には有名なフランシス・フクヤマ氏の「歴史の終わり」という著述が世界的にも注目されました。フクヤマ氏は「冷戦における共産主義体制の敗北は、ヘーゲルが予言したような近代的理性の最終的勝利を意味する。近代的理性を政治的、経済的、社会的に当てはめたものが自由主義というものであり、自由主義が唯一人類のイデオロギーとなったことが冷戦終結の意味なのだ」という趣旨のことを述べて、大きな論争を招いたわけです。いまでもフクヤマ氏は活発に著述活動を行っており、政治的立場としてはネオコンから距離を置いたりして変わっているのですが、30年たっても彼はこの発想を変えていないと思います。西側全体としても根本から彼の議論を否定する議論は大きな存在にはならなかったと思います。同時に歴史の現実を見た時に、1989年の6月に中国で起きた天安門事件は、結局中国の共産党体制を固めるという意味で歴史的には評価されています。天安門事件で鄧小平が命じて軍隊を投入して自由化を求める市民や学生を殺害したわけですが、そうした共産党・鄧小平の判断は正しかった、と全体としては総括されているのです。すなわち、自由民主主義的な体制でなくとも、いわゆる専制体制であっても、市場経済とは共存できるのだ、ということが過去30年のひとつの教訓であります。実践的にも理論的にも市場経済と政治体制の問題とはある程度距離があること、ニュートラルであることが分かってきたのですけれども、そういうことについて西側は十分に認識していなかったことは、冷戦が終わった時の誤認であったのではないかと思うのです。さらにその10年くらい後にアメリカ中心の世界秩序というものが前面に出ました。1997年から2003年くらいがその絶頂期だったと思います。1997年には東アジア金融危機が起こりましたが、それに対して「アジア通貨基金」構想を日本が提案したところ、アメリカや中国の意向もあって、実現しませんでした。アメリカとしては、日本が大きな存在となることはアジア太平洋を分断する、アメリカの主導権を損なう、という認識があったのだろうと思います。2000年前後の時期、アメリカは経済的にも軍事的にも技術的にも絶頂期でありまして、世界を主導できるという認識がアメリカ内にも世界にも存在したと思うのです。2. 危機の30年を振り返る ―なぜ西側は平和を失ったのか

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