ファイナンス 2022年10月号 No.683
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ファイナンス 2022 Oct. 61*5) 本稿では、調査票に記載された世帯の所得や属性に現実の制度を当てはめて税額や保険料額を推計する。方法論としては、利用可能な変数から社会的な制度などを世帯ごとに適用して新たな変数を仮想的に構築するマイクロシミュレーションの手法と同じであり、限られた情報から世帯ごとの税・保険料という個別性の高い変数を推計可能であるが、大きな測定誤差を含む可能性もある。しかし、Ohno et al.(2015)および多田ほか(2016)では税額や保険料額に関する推計手法の妥当性を検証し、推計値が高い精度を持つことを確認している。*6) 本稿における収入、社会保険料、所得税・住民税の推計方法はOhno et al.(2018)の手法を採用している。 PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 122.税制の変遷ここでは日本の所得税・住民税制に関する変遷(1989年から2019年まで)についておおまかに確認する。3節で後述する税額計算との関連で、控除については基礎控除、配偶者控除(配偶者特別控除を含む)、扶養控除、社会保険料控除、給与所得控除、公的年金等控除、老年者控除、および定率減税を扱う。表1は1989年と2019年における所得税・住民税制の内容を示している。なお、所得税と住民税の制度変更は概ね同様の傾向を持つため、以下では主に所得税制の変遷を中心に見ていく。本稿のテーマである税・保険料について言えば、『全国家計構造調査』の個票データから家計が拠出した税・保険料の負担額も把握することが可能であるが、あいにく調査方法の特徴から、その金額をそのまま使用して集計しても負担の実態を正しく把握するには限界があることも知られている。背景には、第1に調査世帯に偏りがあること(自営業世帯等が含まれないこと)、第2に季節性があること(調査時期が特定の2~3ヶ月に限定されていること)が挙げられる。しかし、これらの問題を乗り越えてサンプルを補完し、季節性問題に対処するため、分析者自らが調査票に記載された世帯の家族構成や年間収入に現実の制度を当てはめて負担額を推計する方法もある。こうした手法を採ることで『全国家計構造調査』の情報量を活かしつつ税・保険料負担の実態把握が可能となり、本稿でもこのアプローチを採用する*5。以下、本稿の構成を述べる。まず2節では税制の変遷について確認する。3節では使用データおよび税・保険料負担額の推計方法について説明する。これらを踏まえて計測結果を確認し、4節では家計の税・保険料負担の構造について考察したのち、5節では再分配効果およびその変化について考察する。最後に6節で結論を述べる。税制改正の流れを大きく捉えるならば、1990年代はおおむね負担軽減につながる改正が行われてきた。税率構造は5段階から4段階へ移行し、最高税率も37%へ引き下げられた(1999年)。また、各種の控除も適用控除額が拡大し、具体的には給与所得控除のブラケット変更(1995年)、公的年金等控除の最低控除額引き上げ(1990年)、基礎控除の控除額引き上げ(1995年)、配偶者控除の控除額引き上げ(1995年)、扶養控除の控除額引き上げ(1993年、1995年、1998年、1999年)などが挙げられる。また、この期間中は定率減税も実施された。例えば1994年は特別減税として定率減税20%(最高200万円)、1999年は恒久的減税として定率減税20%(最高25万円)が適用された。2000年代に入ると、改正の流れは変化する。税率構造は4段階から6段階へ(2007年)、さらに7段階へ移行し、最高税率も45%へ引き上げられた(2015年)。なお、この間、地方分権改革の一環として国から地方への税源移譲が行われ、住民税は応益課税を重視する観点から税率構造を比例化し、所得税は税率構造を累進化したことも影響している。また、各種の控除も適用控除額が縮小し、具体的には給与所得控除のブラケット変更や控除額の上限設定(2013年、2016年、2017年)、公的年金等控除のブラケット変更や本人の所得に応じた控除額縮小(2018年)、配偶者特別控除の上乗せ適用廃止(2004年)、扶養控除の控除額引き下げ(2011年。ただし、これは子ども手当の制度変更に伴う措置)、老年者控除の廃止(2005年)などが挙げられる。また、この期間中は定率減税も廃止された(2007年)。データは先に述べた通り、『全国家計構造調査』(1989~2019年調査)の個票データを使用する。なお、この調査は5年おきに実施されるため、7時点のデータとなる。この調査では、世帯ごとに各世帯員の属性(続柄、年齢、性別等)や過去1年間の収入を把3.計測方法*63.1 使用データ

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