ファイナンス 2022年10月号 No.683
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3バーゼル規制の歩み3.1 バーゼル規制導入の経緯*24) 現時点では、株式会社大和証券グループ本社と野村ホールディングス株式会社の2社が最終指定親会社になります。*25) この記述は、氷見野(2005)のp.28などを参照としています。*26) 千野(1988)は、バーゼル合意が成立した背景には、(1)金融をめぐるリスクの増大、(2)金融のグローバライゼーションの伸展、(3)各国銀行*27) ここでの国際交渉について興味がある読者はぜひ氷見野(2005)の3章を参照してください。*28) ちなみに、国際会議で厳しい議論をした中、会議が終わった後、空を見あげたら8という数字があったという逸話も聞いたことがあります。*29) 渡部(2012)では「各国間、個別銀行間の自己資本比率水準が大幅に乖離するにもかかわらず、自己資本比率の所要最低水準8%を達成するという合意が成立したのは、各国銀行監督当局の間に、『1970年代を通じて銀行の自己資本のポジションが悪化し、ここ数年来、バーゼル銀行監督委員会にとっても懸念事項となっている。このため、82年には、G10中央銀行総裁会議において、自己資本のポジションがこれ以上悪化することを防ぐとともに、1980年初の低水準を改善強化することで一致をみた』と記述されていることからも明らかなように、銀行の健全経営確保の観点から自己資本比率を引き上げる必要性については問題意識が共有されていた」(p.120)としています。間の平等な競争条件(“level playing ■eld”)の確保と整理しています。バーゼル規制が導入された当初は、日本にとって不利であった可能性や、そもそもこの数字に根拠がないなどの議論もありましたが、本稿で説明したとおり、バーゼル規制は各国で守るべき最低限のルールを既定しただけであり、各国監督当局がより一層高い規制を課すことは許容されています。また、今日の自己資本比率規制では8%はそれほど強調されていないとみることもできます。一つには、後述するとおり、現在は資本保全バッファーを含め、CET1比率が7%以上求められています。アーマー等(2020)でも、「バーゼル規制で『8%』が強調されたことは、誤解を招きやすい。これは、銀行の最低所要自己資本にしか関連しないためである。バーゼルIIIでは、多くの追加的な資本バッファーが導入された」(p.450)と注意を促しています。また、バーゼルII以降、最大損失額であるリスク量が計測され、それ以上の額の自己資本を求める(リスク量の12.5倍をリスク・アセットと定義し直し、その8%以上の自己資本を求める)ようにしたため、何故8%なのかという疑問が湧きにくくなっているとみることもできます。 34 ファイナンス 2022 Oct.融商品取引法上の概念である「最終指定親会社*24」としたうえで、最終指定親会社に対してバーゼル規制が課されています。また、我が国の大手証券会社には銀行持株会社の下にぶら下がっているものも少なくなく、このような証券会社には銀行持株会社にバーゼル規制が適用されています(最終指定親会社でない独立系の証券会社には金融商品取引法上で(バーゼル規制と異なる)自己資本比率規制が課されています)。ここまでバーゼル規制の概要について説明してきましたが、ここから非常に簡潔にバーゼル規制の歩みを確認します。そもそもバーゼル規制は1974年の西ドイツのヘルシュタット銀行とニューヨークのフランクリン・ナショナル銀行の破綻に伴う混乱を発端としています。こうした金融危機に対処するため、1974年に、G10中央銀行総裁会議はG10諸国の中央銀行と銀行監督当局からなる協議の場として「銀行業の規制と監督実務に関する委員会(Committee on Banking Regulation and Supervisory Practices)」を設けることを決定しました*25*26。これが改名されたものが、現在のバーゼル銀行監督委員会(BCBS)になります。その後、1982年にラテンアメリカで債務危機が起こります。この危機の詳細は国際金融などのテキストに譲りますが、BCBSでは自己資本の充実とともに、国際的に統一的なルールの必要性が共有されました。その後、米国と英国からバーゼル規制のプロトタイプともいえる「米英共同提案」が提示され、それが日本や欧州諸国との議論の中で修正され、1988年にバーゼルで国際的な銀行への規制の合意がなされました*27。*28*29当初の規制は現在のような複雑なものではなく、株主資本による基礎的な項目(Tier1)に加え、劣後債や有価証券含み益で構成される補完的項目(Tier2)の合計がリスク・アセット対比で8%以上になることを求めるというものです。また、前述のリスク・アセットについても、企業向け与信、銀行向け与信、住宅ローン、国債保有額について一定のウェイトを掛けBOX 1 自己資本比率はなぜ8%か自己資本比率規制において8%がベースになりますが、バーゼル規制に関わった人は「なぜ8%がベースとされているか」という疑問を一度はもつと思います。1980年代後半にバーゼル規制を導入するうえで、各国における金融機関の実態を調査したうえで、複数の数字が議論された結果、8%という水準が定められたと筆者は理解しています*28。また、当時多くの国において8%は少し高い水準であり、自己資本を厚くする必要があることから8%が求められたとする意見もあります*29。特に重要な文献は氷見野(2005)であり、当時の交渉の経緯について詳細に記載しています。

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