ファイナンス 2022年10月号 No.683
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ファイナンス 2022 Oct. 31*15) 横山(1989)は当初のバーゼル合意において、「自己資本の本質は『銀行を清算に追い込むことなく営業を続けさせながら、発生するかもしれない不特定の損失の補填に充当できる資金』と定義づけた」(p.128)と説明しています。*16) バーゼルIIではTier3(準補完的項目)もありましたが、バーゼルIII以降では、Tier1をゴーイング・コンサーン・キャピタル、Tier2をゴーン・コンサーン・キャピタルとしての見直しをしました。秀島(2021)では「バーゼルIIIにおいては、Tier1はgoing-concern資本、Tier2はgone-concern資本の位置づけをはっきりさせる方向での見直してあった」(p.107)、三木・源間(2015)は「バーゼルIIIではまず、自己資本のうち Tier1 資本を、事業を継続する中で損失を吸収できる資本(going concern capital)、Tier2 資本を、破綻した段階で損失を吸収する資本(gone concern capital)と再定義している」としています。ゴーイング・コンサーン・キャピタルやゴーン・コンサーン・キャピタルについては次回の論文で説明します。*17) ちなみに、バーゼル規制において、しばしば実務家は「自己資本」を積む、という表現を使いますが、筆者はこの表現は誤解を生みやすい表現であると感じています。前述のとおり、自己資本の役割として、損失をした場合、株式の投資家に最初に責任をとってもらうことが挙げられます。そのような中、自己資本を「積む」という表現を使うとあたかも資産サイドの概念であるかのような印象をもちますが、自己資本はあくまでもバランスシートの右側の概念である点に注意してください。アドマティ・ヘルビッヒ(2014)は「『キャピタル(自己資本)』という言葉を誤解している人は多い。メディアの報道にも、新たな規制を満たすために、銀行は自己資本を『とっておく』必要がある、という表現が目立つ。『自己資本を蓄えておく』といった表現からは、自己資本規制は銀行に対して、現金を経済の役に立てず、無駄に遊ばせておくよう義務付けるような印象を受ける。(中略)こうした誤解が有害なのは、現実には存在しないコストやトレードオフがあるかのように見せかけ、政策議論をゆがめるからだ」(p.9)と注意を促しています。*18) ここでの定義は、佐藤(2007)のp.19-20を参照しています。*19) ここではわかりやすさの観点で、リスク・アセットが0になる日本国債を例に取り上げています。銀行が例えば融資を行った場合、そのリスクに応じてリスク・アセットが変わりえる点に注意してください。*20) バーゼル規制における標準的手法では、信用リスク・アセットは、「与信相当額×リスク・ウェイト」で算出され、国債の場合、リスク・ウェイトがゼロとされています。「与信相当額」とは、いわばデフォルト時のエクスポージャー(Exposure at Default)であり、国債に1億円投資した場合、1億円になります。バーゼル規制入門 ります。この論点は次回の論文で深堀します)。バーゼル規制において会計上と異なる自己資本の定義を用いている背景には、バーゼル規制が銀行の破綻に伴う預金者の保護やシステミック・リスクを防ぐことを企図しているからといえます*15。なお、バーゼル規制では普通株は基礎的な項目という意味でTier1、劣後債は補完的な項目ということでTier2という表現が用いられます*16(これらの正確な定義は次回の論文で記載します*17)。また、このように規制当局によって課される所要自己資本をレギュラトリー・キャピタルと表現することもあります(これに対して経営者の立場からみた最適な自己資本を「エコノミック・キャピタル」といいます*18)。バーゼル規制では、自己資本の分母である資産についても、「リスク・アセット」などのように(会計には出てこない)バーゼル規制特有の概念が出てきます。たとえば、銀行が1000億円分の日本国債へ投資した場合、会計上は資産が1000億円計上されることになります*19。しかし、バーゼル規制上ではそのリスクに応じてリスク・アセットが計上されますから、自己資本比率を計算する際分母に計上される金額がただちに1000億円増加するとは限りません。具体的には、銀行が日本国債を投資した場合、バーゼル規制上のリスク・アセットは0という措置が取られています*20。その背景には、バーゼル規制では大手金融機関の倒産そのものを防ぐことや、仮に倒産した場合でも金融システムへの伝播を防ぐことが企図されていることがあります。同じ1000億円の融資や投資であっても、中小企業へ1000億円融資することと、日本国債へ1000億円投資することでは、そのリスク量について違いがあることは明らかでしょう。そこで、一定の方法を用い、そのリスク量を反映した資産、すなわち、リスク・アセットを推定したうえで、そのリスク・アセットに対して(例えば8%以上など)一定の自己資本を求める形になっているのです。もちろん、その推定は容易でないことから、バーゼル規制ではたびたびリスク・アセットの計算方法について見直しがなされています。読者の中には、このようにリスク・アセットを推定することで恣意性が生まれると感じる方がいるかもしれませんが、そのような批判は存在します。実際に、1990年代にリスク管理方法が向上する中で、リスク・アセットの計算方法が見直されましたが、銀行にとって裁量が大きくなり、場合によっては、そのリスク量が過少に見積もられた、という批判もあります。一方、バーナンキ(2015)は、「リスクベースの要件を伴わない自己資本比率規制では、いくらリスクの高い資産であっても一番安全な資産と同じだけの資本総額をもてばよいため、銀行がこれまで以上にリスクをとる誘因となる」(p.240)としたうえで、その合理的妥協策として、「自己資本比率規制は安全弁-リスクベースの基準というベルトがずりおちないようにするサスペンダー―として使うことだ」(p.240)という意見を提示しています。2.6 バーゼル規制が有するパスポート機能これまで自己資本比率規制の大枠について説明を行いましたが、バーゼル規制の重要な役割として、「パ2.5  自己資本比率の分母:資産のリスク性を反映したリスク・アセットを算出

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