ファイナンス 2022年10月号 No.683
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*10) リスク量で表現した場合、自己資本規制は「自己資本/リスク量>1」と表せます。この詳細は秀島(2021)の2章を参照してください。*11) アーマー等(2020)など、スタンダードなテキストでも通常、分けて説明がなされます。*12) 具体例として銀行勘定の金利リスクに対する規制などがあります。バーゼル規制における金利リスク規制に関心がある読者は服部(2021)を参照し*13) 劣後債などが自己資本に含められることは、事業会社の信用度などを測る「格付け」などで用いられることがあります。そのため、劣後債が自己資本*14) 実際には預金保険がありますが、ここでは簡単化のために預金保険の存在を捨象しています。てください。に含められているという措置は、バーゼル規制だけで点にも注意が必要です。 30 ファイナンス 2022 Oct.もったうえで、その同額*10以上を株式で資金調達していれば、そのリスクが顕在化した際、彼らに責任を取ってもらうことができます。この目的を達成するため、自己資本比率規制では銀行がとっているリスク量と紐づくリスク・アセットを算出したうえで、自己資本比率、すなわち、自己資本比率=が8%以上など、一定以上になるような運用が規制当局から求められています。バーゼル規制では、この自己資本比率規制だけでなく、前述のとおり、流動性規制も存在しています。銀行に流動性資産を一定程度求める規制などから構成されており、上述の取り付けなどの問題を軽減します。もっとも、本稿では紙面の関係から、自己資本比率規制に焦点をあてます*11。服部(2022)では2008年の金融危機時に経験した取り付け問題に加え、流動性規制について説明しているため、関心がある読者は服部(2022)を参照していただければ幸いです。また、現在のバーゼル規制は3本の柱で構成されており、自己資本比率規制と流動性規制は、第一の柱に位置付けられています。もっとも、第一の柱を補足する第二と第三の柱がある点にも注意が必要です。第二の柱は、「金融機関の自己管理と監督上の検証」とされており、第一の柱で捕捉できないリスクについて規制当局がモニタリングする規制です*12。一方、第三の柱は「市場規律」(情報の開示)であり、銀行に対して開示を求めることで市場規律を働かせることが企図されています。自己資本比率というと会計情報を用いた財務指標の一つと思われるかもしれませんが、素朴に会計上の自自己資本リスク・アセット己資本と資産の比率をとって自己資本比率規制を課しているわけではありません。例えば、自己資本比率規制を初めて学んだ際、バーゼル規制上の自己資本として「劣後債」が含まれているという点に驚かれた方がいるかもしれません*13。劣後債とは通常の債券に対して、仮にデフォルトした場合、その返済が劣後する債券です。劣後債は、100円で発行されたら、100円で償還される債券であり、会計上はもちろん負債に位置付けられます。アーマー等(2018)は「追加的な資本は、株主資本(あるいはある種の非累積的優先株)である場合もありうるが、注目すべきことだが、劣後債によって供給されることもある。劣後債では、負債証券の発行は資産を会計にもたらすが、銀行の負債を全く同じ額だけ増加させるため、これは原則として意味のないことのように思われる」(p.449)と指摘しています。このように会計上、負債である劣後債を規制上の自己資本に含めることはおかしいように思われるかもしれません。しかし、たとえば、株主から1000億円調達しており、その銀行が2000億円の損失を計上したとしましょう。その場合、株主以外からの調達が全て預金であれば、自己資本の額を超える1000億円の損失は預金者の負担になりえます*14。しかし、劣後債の投資家から1000億円調達していれば、まずは株主に1000億円の責任をとってもらい、その銀行が破綻した後、債券回収に際して劣後債の投資家に返済しないという形で、預金者は損失を逃れることが可能になります。上述の観点では、預金者からみれば、劣後債で多くの資金を調達していれば、株式で吸収できない損失を被った場合、劣後債の元本を大幅に削減するなどして、先に吸収してくれることになります。言い換えれば、普通株と劣後債は、会計上、自己資本と負債という違いはあるものの、預金者からみれば、両者ともに「損失吸収力」を有していると解釈することができます(ただし、普通株の場合には銀行を破綻させることなく損失を吸収できるのに対し、劣後債の場合には銀行が破綻しないと損失吸収できないといった違いがあ2.4  自己資本比率の分子:自己資本を「損失吸収力」という概念で整理

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