ファイナンス 2022年10月号 No.683
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・シート預金=短期調達)貸出+運用(=長期運用)*6) 取り付けについて経済学では、Diamond–Dybvigモデルなどで説明されます。詳細は銀行論のテキストなどを参照してください。*7) アーマー等(2020)では、銀行の有する需要な機能として、(1)流動性の変換(liquidity transformation)、(2)満期の変換(maturity transformation)、(3)信用の変換(credit transformation)を指摘しています。*8) アーマー等(2020)は銀行規制を主にこの2つの軸で説明しており、第14章で自己資本比率規制、第15章で流動性規制を取り扱っています。本稿もそれに沿っています。*9) ここでの最大損失額はVaR(Value at Risk)で計測された値を想定しています。VaRでは、例えば99%の信頼区間の中での最大損失という意味合いで、最大という表現が用いられます。秀島(2021)は「自己資本規制における最大損失額の計測にあたっては、VaR(Value at Risk)の考え方を用いるのが最も一般的である」(p.76)としています。預金(=短期調達)ファイナンス 2022 Oct. 29図表1 銀行のバランス・シートバーゼル規制入門(注) 実際の銀行のバランス・シートはもっと複雑ですが、ここではわかりやすさの観点で単純化しています。起こる可能性を有しているといえます*6(取り付けについては後述します)。そのため、政府は預金者の保護を図るとともに、銀行に対する監視者(モニター)としての役割を果たす必要があるわけです。ちなみに、このような銀行業の公共性の維持や預金者保護を目的とした政策を「プルーデンス政策」ということもあります。銀行取り付けについて言及しましたが、銀行業はそもそも一定の脆弱性を有しているとみることができます。銀行業とは、図表1に記載しているとおり、預金という手段で資金調達し、貸出や有価証券の運用で利益を得るビジネスといえます。預金とは読者もご存じのとおり、基本的にはいつでも引き出せるものですから、銀行は短期資金で調達をしているといえます。一方、通常の貸出は中長期間に及びますから、資産サイドの年限は中長期であると解されます。このように銀行は資産と負債サイドで年限のミス・マッチが起きますが、これは満期を変換しているとも解され、これを「満期変換機能(maturity transformation)」といいます。これはファイナンスのテキストなどで銀行が有する本質的な機能の一つと説明されます*7。もっとも、このようなビジネス構造は本質的な脆弱性を有しています。容易に想像できますが、このような資金調達構造を有すると仮に多くの人が同時に預金を引き出した場合に、この引き出し全てにすぐ対応することができません。このことが特に深刻であるのは、仮に銀行そのものが健全であったとしても、多くの人が何らかの理由で預金を引き出した場合、銀行がその引き出しに対応できず、流動性不足により倒産してしまう可能性がある点です。これを銀行取り付け(Bank run)といいます。上述のような満期変換機能に付随して、銀行が預金という安全性を保障している商品で資金調達をしている点も重要な特徴です。銀行は預金者から資金を調達しているといえますが、多くの預金者にとって、その元本が棄損するということは想定していないでしょう。しかし、図表1から明らかのように、仮に預金のみで資金調達を行った場合、貸出や運用などで大きな損失をしてしまうと、その損失が預金者の負担につながりかねません。これはほとんどの預金者にとって許容できないことでしょう。それでは、銀行が預金で調達するのではなくて、例えば、すべて株式で調達した場合はどうでしょうか。まず、株式には満期がありませんから、取り付けの問題を防ぐことはできます。また、株式の投資家はいわばリスクを取ってもよいと考えている主体ですから、銀行が株式を通じて資金調達しているとすれば、(預金者とは異なり)リスクをとっても良いと考えている主体から資金調達しているとみることができます。しかし、満期変換機能があるからこそ、短期資金を元手に中長期的な貸出を行うことが可能となり、企業等への適切な資金提供がなされる側面も看過できません。そこで、これらの問題を解決するため、バーゼル規制では、主に自己資本比率規制と流動性規制という2つの規制が課されています*8。前述のとおり、株式の投資家はリスクを取ってもよいと考えている主体ですから、銀行が有する最大損失額*9であるリスク量を見積2.2 銀行業が有する「満期変換機能」2.3 自己資本比率規制

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