ファイナンス 2022年10月号 No.683
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1はじめに本稿ではバーゼル規制において主軸ともいえる自己資本比率規制について説明することを目的としています。バーゼル規制では、国際的な活動を行う銀行に対して統一的な規制を課します。歴史的には、銀行破綻などの金融危機を契機に、国際的に統一的な規制を課す必要性が認識されました。1980年代後半に最初のバーゼル規制が生まれ、それ以降複数回にわたり規制が改革されています。バーゼル規制は国際金融システムに影響を与える銀行が破綻しないようにする規制(あるいは破綻したとしても秩序ある破綻を可能にする規制)といえますが、国際的に統一的なルールを策定することで、国際的な活動を可能にするための基盤を作っていると解することもできます。*1*1) 本稿の作成にあたって、川名志郎氏、吉良宣哉氏、秀島弘高氏など、様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。*2) https://sites.google.com/site/hattori0819/*3) この説明は氷見野(2005)を参照しています。*4) ここでの記述は表現を含め、池尾(2010)のp.70-76を参照しています。池尾(2010)は前者を外部不経済、後者を情報の非対称性という経済学の*5) ここでは預金者保護を重視した説明を行いましたが、佐藤(2007)でも、第一に「預金者の保護」を挙げています。同書では、それ以外にも、信用秩観点で、政府介入の正当性を議論しています。詳細な議論は池尾(2010)を参照してください。序の維持(システミック・リスクの顕在化防止)、外部性への対応、預金保険制度の副作用の是正を挙げています。 28 ファイナンス 2022 Oct.バーゼル規制の歴史は金融危機の歴史ともいえますが、特に2008年の金融危機を受けて、バーゼル規制は複雑化しています。筆者はこれまで様々な金融規制について説明してきましたが、本稿ではバーゼル規制の主軸ともいえる「自己資本比率規制」に焦点をあてます。また、バーゼル規制は非常に大きなテーマであるため、ここから数回にわたり解説していくことを予定しています。なお、国債や債券全般に関する情報については、筆者のウェブサイト*2に掲載しているため、そちらも参照いただければ幸いです。バーゼル規制の導入については、預金を取り扱う銀行が破綻した場合、国民生活への影響が多大となることから、各国でそれぞれ規制が導入されてきました。国際的に活動する銀行の増加に伴って各国の規制の差が競争条件に与える影響が意識されるようになり、これを揃えるために1988年にスイスのバーゼルで国際的な銀行への規制の合意がなされました*3。そもそも銀行に規制が課されている理由として、他のサービスに比べて公共性が高いということが挙げられます。池尾(2010)によれば、銀行規制の根拠は2つに分類されます*4。第一に、銀行は預金という商品を取り扱うがゆえ、一国の貨幣制度・決済制度の担い手であり、これらはあらゆる経済活動の基盤となる点が挙げられます*5。例えば、銀行が破綻することにより決済システムが滞ることがあれば経済全体に多大なマイナスの影響を与えることは明らかでしょう。銀行業以外でも、電力など基盤的なサービスを提供している産業は政府による広範な規制を受けていますが、銀行にもその意味で健全な運営をするよう規制を課す必要性が生まれるわけです。これは「銀行業の公共性」とも言える機能です。第二は、「預金者保護」および「取り付け防止」です。そもそも、預金者は銀行の経営状態を的確に評価する能力に欠ける、あるいは、その努力は割に合わないといえます。人々がある銀行を用いている理由は、その銀行を綿密に分析した結果ではなく、その銀行に対する漠然とした信認に依存していることは読者も実感があるはずです。別の見方をすれば、仮にある銀行の信認が崩壊した場合、取り付けなどを通じて金融危機が2自己資本比率規制の考え方2.1 なぜ銀行業が規制されているか東京大学 公共政策大学院 服部 孝洋*1バーゼル規制入門―自己資本比率規制を中心に―

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