ファイナンス 2022年10月号 No.683
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2香港問題を軸に考察する英国の対中国ファイナンス 2022 Oct. 11英国と中国の二国間関係 貿易委員会」及び「英中経済・金融財政対話」であり、多数のアジェンダで具体的な成果を上げてきた。中国は英国内の外国人留学生出身国第1位。大学等の教育機関が経済的恩恵を受ける反面、技術移転や学問の自由侵害の恐れも指摘されており、近年政府を中心に警戒感を顕わにするが、大学側はパンデミック下における渡航制限による学生数の減少と、それに伴う学費収入の減少により慎重姿勢を見せている。各種の世論調査から伺える英国人の対中感情は、香港問題を機に悪化傾向にある。中国には人権問題で対抗するべきと考える人が最も多い上、香港人に英国籍を与えるべきと考える人が半分を超えるなど、一般の英国人は政府に比して価値や規範を重視する傾向が高いように思える。外国において、人権問題を始めとする民主主義的価値観が脅威に晒された際のこれまでの英国の対応は、対象地域との経済的利害の程度によって差があるように思える。2021年に発表された今後10年間の外交指針をまとめた「統合レビュー」では、中国を「体制上の競争相手」とは見做すものの明確な脅威とは位置付けていない。金融分野を中心に進む二国間の関係強化は、気候変動対策に貢献するグリーンファイナンスや原子力発電所への投資拡大と相俟って更に深まる可能性もある。また、香港における民主化抑圧の動きに対し強硬な態度を取らなかった姿勢は、東アジア最大の地政学リスクとなる台湾海峡の対立を巡る、英国の対応を推量するのに役立つ。英国が、中国との関係悪化に伴う経済的恩恵の減少を懸念し中国の振る舞いに寛容になるか、米国と共同歩調を取り、台湾を擁護する効用が大きいと判断するかは未だ見通せないが、中国あるいは台湾との関係維持により得られる経済的利益の比較考量は、大きな判断材料となると考えられる。また、英国与党保守党内で対中姿勢を巡り分裂の動きがあることにも注意を要する。9月7日にはトラス新政権が発足したが、同政権は対中政策を英国新政権の優先課題の一つと位置付け、同志国との連携を強化しながら対峙するとの大方針の下、「統合レビュー」の早期見直しを表明している。日本としては、人権、民主主義や法の支配等の基本的価値観を共有しつつも、実利主義に基づく対応を取りがちな英国の出方を冷静に観察しながら、連携を深めて行く必要がある。こうした問題意識をもって、国際調整室では、担当する主要先進各国の対中政策や二国間関係を掘り下げ、発信している。ドイツに焦点を当てた第1弾、豪州に焦点を当てた第2弾に続く本レポートでは、英国と中国の関係を政治、貿易、投資、金融、そして人的交流等の観点から歴史的視点を持って概観し、今後の二国間関係について考察する。なお、本稿は個人の見解であり、所属組織を代表するものではない。最初に、数世紀にわたり英中関係のネクサスであり続けてきた香港を軸に、英中政治関係の歴史的な変遷を(1)産業革命期のアヘン交易、(2)香港返還を巡る議論、(3)香港返還後の英中黄金時代、(4)人権を巡る関係悪化、の4つのフェーズに区切って紹介する。産業革命期、英国は当時の清との貿易を独占していたが、1780年代以降英国内で高まった紅茶需要を清国からの輸入で賄う一方、英国の主要輸出品である綿製品が清内の安価な代替品に対し競争力を持たなかったため、恒常的な対清貿易赤字へと傾き、結果、大量の銀が英国から清に流出した。この不均衡を是正すべく、英国は、英国、インド、清間の「三角貿易」を確1はじめに昨今の国際社会において、中国の存在感は年々大きくなっている。気候変動や途上国の債務問題、ロシアによるウクライナ侵略など、様々な国際課題はいずれも中国を抜きにして解決は困難だ。異なる政治体制や価値観を持つ中国という大国を、課題解決に向けて建設的に巻き込み、国際社会の中で責任ある行動を取るよう促すには、日本と共通の価値観を持つ国々との連携を緊密にしていく必要がある。その際、これらの国々の対中政策とその背景にある政治経済関係や世論の動向等を把握することは非常に重要である。政治スタンス3.人的交流から考察する英中関係4.英中関係の今後(1)産業革命期のアヘン交易

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