ファイナンス 2022年10月号 No.683
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0エグゼクティブサマリー1. 香港問題を軸に考察する英国の対中国政治 10 ファイナンス 2022 Oct.18世紀後半、英国は、対清貿易赤字とそれに伴う銀の流出に対処すべく、アヘンを植民地インド経由で清に売り、インドから英国へ銀が還流する三角貿易を作り上げた。アヘンを巡り清との間で勃発した1839年第1次アヘン戦争の結果結ばれた南京条約により香港島を割譲して以来、英国は、世界的な金融・貿易ハブである香港の礎作りに関与するとともに利益を得てきた。例えば、英国の代表的金融機関であるHSBCホールディングスの前身となる上海香港銀行は、アヘン交易で得られた収益等の英国本土への送金ニーズに収益機会を見出して設立され、今日でも最大収益源は香港であると共に、英系スタンダードチャータード銀行と共に香港ドル発券機能の一翼を担っている。1984年の「英中共同宣言」に基づく一国二制度の下、1997年に香港が中国に返還されて以降、英中関係は急速に深化していく。この間、ブレア、ブラウンの労働党政権は、中国を巡る人権問題に正面から切り込まず経済的関係を優先、2010~2016年の保守党キャメロン政権下で英中関係は「黄金時代」を迎える。しかし、続くメイ政権以降、香港での民主化運動激化を契機に英中蜜月関係には陰りが見え始める。そして2020年の香港での「国家安全維持法案」の可決を受け、ジョンソン政権は香港居住者の英国居住権獲得プロセスの簡素化、武器禁輸措置の香港への適用、香港との犯罪人引渡し条約の即時且つ無期限停止等の措置を講じた。しかし天安門事件や新疆ウイグル自治区における人権侵害に対して講じた制裁措置に比べると限定的な対応であった。ジョンソン政権では、新型コロナウィルス発生源に関し説明を果たさない姿勢やウクライナを侵略したロシアとの友好関係を維持強化する中国を批判しつつも、両国間のハイレベルな対話の枠組みである「英中合同経済貿易委員会」、「英中経済・金融財政対話」の再開に向けた動きも見られた。英中間の貿易収支は英国の赤字が続く。2021年、中国は英国の第1位の輸入相手国となったものの、英中両国が、貿易、特に天然資源等の重要品目で依存関係にあるとは言えない。資本取引では、英国が国外に有する金融資産全体に中国と香港が占める割合は、資産・負債いずれも約2%と僅か。直接投資は英国から中国や香港への投資がその逆よりも多く、金融分野が多数を占める。しかし中国の対内直接投資規制により伸びは限定的であり、中国から英国への直接投資に関してもEU離脱に伴う投資環境の不透明化及び昨今の5G網や原発建設への中国企業参入を巡り英国内での警戒感の高まりが制約要因となる。但し、2021年に英国で「国家安全保障・投資法」が成立したものの、マイクロチップ会社の中国企業への売却が承認されるなど、同法の実効性には疑問がていされる。証券投資に関しても同様に、英国から中国への投資が大きい。英国からの証券投資に関しては、資本規制が緩い香港を通じた取引が多く、HSBCやスタンダードチャータード銀行などの英系銀行が仲介を果たしてきたが、近年、ロンドン・上海ストックコネクトや現在協議中の英中ボンドコネクトを始めとして、中国本土と英国を直通するチャネルが整備されつつある。なお、中国から英国への証券投資も増加傾向にあり、この点、2014年の英国による人民元建てソブリン債発行などが挙げられる。その他、英国はグリーンファイナンス分野で中国の発展を後押ししている。これらの英中間の貿易や資本の結びつき強化を後押ししてきたのが両国間の閣僚レベルの対話枠組みである「英中合同経済前国際局地域協力課国際調整室 縄田 恵子2.貿易・投資を巡る英中関係スタンス英国と中国の二国間関係~実利主義の国・英国の対中戦略~

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