ファイナンス 2022年9月号 No.682
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令和4年度職員トップセミナー ファイナンス 2022 Sep. 632.19世紀末の「限界革命」に自然科学の影響を強く受けたということであります。ウィリアム・ハーベー(W. Harvey)というイギリスの外科医が人体解剖をして、今日のいわゆる循環器系、血液循環のメカニズムを1628年に解明しました。これがヨーロッパの知的世界に与えた影響は極めて大きいものでした。これを受けて、17世紀にイギリスではウィリアム・ぺティ(W. Petty)、フランスではケネーという代表的な経済学者が登場します。ぺティはオックスフォード大学の解剖学の初代教授であり、ケネーも宮廷の外科医でありました。彼らは自分の専門である血液の循環ということから、経済の流れも同じように捉えることができるはずだ、ということで分析を行ったのです。経済学はこのようにして誕生しました。19世紀の終わりに新古典派経済学が確立されました。その間に「限界革命」と呼ばれるものがありました。経済学の歴史の本を見ると、この「限界革命」の担い手は3人ないし4人、場所で言えば3カ所でありました。一人目はフランス人のワルラス(L. Walras)です。スイスのローザンヌ大学で教えた人です。二人目はケンブリッジ大学のアルフレッド・マーシャル(A. Marshall)です。ケインズやピグー(A. C. Pigou)の先生です。三人目はウィーン大学のカール・メンガー(C. Menger)です。そのほかにイギリス人のジェボンズ(W. S. Jevons)を限界革命の担い手と考える場合もあります。場所としてはイギリス、フランス、オーストリアということになります。でもワルラス、マーシャル、メンガーの三人の経済学は全然違うのです。確かに「限界革命」と呼ばれるようなmarginal(限界)というコンセプトを強調して分析の中心に据えたという点では共通ですが、経済学をどういうふうに考えるかという点では三人は全然違いました。ワルラスは「一般均衡理論」を作り上げました。我々の財やサービスがn個あるとして、その需要と供給をn(正確に言うとn-1ですが)の価格が上下に調整することで需給が等しくなる、つまり価格が手旗信号のようにすべての財やサービスの需給を均衡させて、経済全体の均衡をもたらす、これが一般均衡理論の考え方であり、それを数式の連立方程式の体系として表現し、それに解がある、ということなのです。第二次世界大戦後、アロー(K. J. Arrow)やドブルー(G. Debreu)がやった数理経済学とは何か。ワルラスは方程式の数と未知数の数を数えて、それが一致しているからいいだろう、という話だったのですが、考えてみればわかるように、我々が中学の時に習う二次方程式でも解が複素根になることがあります。でも価格は正の実数でなければならず、負の数や複素数では困るのです。アローやドブルーがやったことは、正の実数解が存在することを証明したということです。それがどのくらい重要な意味合いを持つかについては、経済学者はそこに使われた数学の難しさなどから、「これこそ戦後経済学の最大のachievement(業績)のひとつだ」と言いたがるのですが、ヒックス(J. R. Hicks)などイギリスの経済学者たちは冷めた目で見ており、もしケインズが生きていたとしたら、彼は一笑に付していたでしょう。フランスは特有の、デカルト(R. Descartes)発とでも言うべきある種の知的な世界を持っております。何から何まで理性でやらなければならない、目で見たことは信じるな、というのがデカルトです。デカルトは言います、「もし目に見えることを信じるというなら、次のことを考えよ。水の中に一本の杭が立っていたとする。目にはそこに曲がった杭が立っているように見える。目に見えるものを信じるなら、水の中に曲がった杭が立っていることになる。しかし、光の屈折ということを知っている人間は、理性でろ過して、目には曲がって見えても、水の中に立っているのはまっすぐの杭であることを正しく認識できる。」と。これがデカルトのやり方です。そのような理性を、私たちは具体的にどのような方法で使うのか。その手本となる学問が数学である、というのがデカルトの考えです。やや誇張していえば、(1)「限界革命」の担い手たち(2)理性重視のフランスとワルラス

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