ファイナンス 2022年9月号 No.682
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浮かび上がったのは、プリンシパル・エージェント関係の連鎖として現代の民主制を捉える教科書的な視点と実体のずれだあった。すなわち、有権者と政治家の距離は必ずしも近くなく、他方で有権者と官僚の距離は必ずしも遠くない」という。この点は、経済論壇などでよくみうける単純なプリンシパル・エージェント論にやや首をかしげていた身としては膝を打った。しかし、「政党の対立軸が基本的には国家権力志向の軸を中心としており、政治家と官僚の分析による第2軸、すなわちグローバル化への対応と財政運営といった対立軸では政党間の違いは大きくなく、省庁の違いがここでは現われることを再び想起しよう。(中略)政府の方向性を考えるうえで重要な争点において、官僚制がそれぞれの省庁の役割からも異なる立場を持っており、それを政策の実現において反映していることが重要なのである。これが専門性を備えた組織としての官僚制に期待されていると言える」という。この箇所の注(47頁の注16)において、「有権者からすると、国家権力を受け入れつつ社会的争点ではリベラルな態度をとるものなどもそれなりにいるわけだが、そうした立場を代弁する部分が、政治家と官僚には存在しないということでもある」とし、「これは主に政党政治の側が対応すべき問題だろう」としている点は目を引いた。第3章では、首相官邸主導体制についてはそれを受け入れていることが析出されている。ただし、「官僚制の専門性と士気を保持するためには、人事における各府省の自律性を確保することが決定的に重要であるという官僚たちの『声なき声』が聞こえてくるようである」とする。そして、「政策形成において首相・内閣の主導性と官僚の専門性を両立させるモデル」の構築が依然として日本政治の課題であるとする。第4章では、「政策実施に関して、経済社会に対する国家の関与を一定程度確保することは必要であるが、官僚自身が現状からさらに業務を引き受けることは難しいと考えている」と分析する。第5章では、「効率性を重視しない意識や政府の外部組織との調整を重視する意識が情報通信技術への態度と関連していること」を明らかにした。「行政による手続き的正義の重視が情報通信技術の導入を遅らせる可能性を示唆している」という。第6章は、「官僚たちは地方自治体をどのように見ているのか?」ということだが、パートナーとして地方自治体を見ているタイプ(厚労省)、規制対象として地方自治体を見ているタイプ(文科省、国交省)、そもそも無関心や依存していないという意味で地方自治体を分離して考えているタイプ(経産省、総務省)、徹底的に地方自治を敵対的な存在とすらみているタイプ(財務省)の4タイプを析出したという。「多数決民主主義的に迅速に中央政府で決定すべきことも増えていくかもしれないが、その際に政府内部で意見対立が発生して暗礁に乗り上げてしまう危険性もある」というのだ。第7章は、調査回答者のパブリック・サービス・モチベーション(PSM)の平均値は高いのに対し、職務満足度の平均値は、PSMに比して低いことが明らかになったとする。やりがいを感じている人は、PSMが高い傾向がみられた。また、やりがいを感じ、ワーク・ライフ・バランスがとれ、府省庁幹部のヴィジョンが示されていると認識している人は、職務満足度が高いという傾向もみられたとする。第8章では、巨額の財政赤字を抱える時代の行政リーダーのあり方が問われていると指摘する。そして、官僚制内部では国家財政の運営をめぐる亀裂が走っていて、組織の一体感が失われているということを意味するとの分析を示す。第9章では、「金銭的な報酬で官僚の対応に報いることができないのであれば、官僚たちの自己成長欲をいかに刺激して満たしていくのかということが人事管理上の大きな課題になることがあらためて確認できた」という。また、「業務以外の家庭生活への配慮や睡眠時間の確保などのような一見業務に無関係な要素がワーク・ライフ・バランスを高めるということも指摘」され、「従来の『無限定・無定量の業務』をこなす官僚像からの訣別が求められている」とする。第10章では、上記でも引用した各章の知見が整理されている。その上で、「2019年調査の分析から浮かび上がった現代日本の官僚像は、政府を取り巻く環境が激変する中で、必死に変わろうともがき苦しんでいる姿であった」とする。しかし、北村教授は、「雲の切れ間には光が見えている」として、社会的課題の解決案の作成や実施でのやりがいやおもしろさをいかにして刺激するのか、専門性向上のための成長の機会の確保、トップの活性化、新しいテクノロジーの導入を契機とした業務の見直し、人事統制のあり方の見直しなどをあげる。日本の衰退が、コロナ禍の中、可視化されてきた現在、国家運営の質の向上は死活的なものになってきた。ぜひ、江湖に読まれてほしい1冊である。 48 ファイナンス 2022 Sep.

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