ファイナンス 2022年8月号 No.681
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ファイナンス 2022 Aug. 47PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 10働が結構普通にある一方で、社会生活基本調査などを見てみると昼休みをきっちり取れていたりします。食住近接があり、食事の時間には自宅に帰って、夕食を食べた後にまた職場に戻ることはありますが、節目できちんと自宅に帰って子供の世話をする、あるいは保育園に迎えに行くということができるといった時間配分になっているのでしょう。トータルの労働時間、拘束時間は長いですが、それを細切れにすることが実はできているというのが自営業の働き方です。それはジョブが明確になっているからではなくて、自分で仕事をマネージできるからです。いつのタイミングでどう仕事をするかが裁量的で、自分に全部任されており、リスクを全部自分で取りますから、自分で本当にマネージできてしまうので、そういう働き方ができていると考えるべきだと思います。「ジョブ型」による解決が一方の極にありますが、もう一方の極には自営業的な「請負型」の働き方による解決があって、そのバランスをどうとっていくかを考えなければいけないと思います。(上田)例えば、最近では美容師の中でも技術の高い人はフリーランス化する動きが結構進んでいるようですね。他の業種でも固定的な雇用形態にこだわらず、プロジェクトベースで柔軟にフリーランスなどを雇用し、請負方式を活用するようになる方向なのかなと思います。プロフェッショナルな人にとってみれば、やり方次第では居心地が良くなるようなことなのかもしれません。ただそうしたときに、契約者保護とか労働者保護がなければ、非常に立場の弱い労働者も出てくることも課題になるのかなと思います。(神林)そういうことですね。美容師さんの場合には、市場がセグメント化されて、多少高価でもきちんとした仕事をしてほしいという需要も強いので、きちんと技術を持った人の価格が高くなっている。そうなると、技術をもった人たちは独立する、自分でやるというインセンティブが強くなって、実際そうなっていると思います。うまく市場経済が作用してバランスがとれる例なのかもしれませんが、一方で、千円カットで働く人たちを全部請負でやっているケースもあり、美容師業界の全部が全部うまくいっているわけではないでしょう。最低限のラインをどうやって底上げするのかは別途考えなければいけないことだと思います。ここで注意しなければいけないのは、その最低限のラインをどうやって底上げするかと、プロフェッショナルな人たちのキャリアをどう構成するかは、確かに結びついてはいると思いますが、当座、別な話だと考えて動くべきだろうという点です。この2つの問題を混在させるのは良くないと自分は考えています。(上田)最低限のラインの底上げについては雇う側が一方的に使い捨てる形にならないように、何らかの第三者の介入の視点が必要になる一方で、高度な技能を持つ人については、市場原理がうまく作用する形でサービスの質を評価できる形になると良いということですね。(神林)そうですね。そのメカニズムの使い分けは意識しないといけないと思います。通常の市場経済では、自分の効用関数が先にあって、この商品がこういう内容であれば自分にとってこれぐらい役に立つことは分かる。その商品の内容に関して不確実性がある場合には、そうした不確実性をいかにして取り除くかを考えれば良いわけで、リスクの問題はあるかもしれませんが、逆選択にさえ陥らなければ市場自体は成立します。こういう場合、データを使って最低限のラインを客観的に検証して、現実にするという考え方は有効でしょう。ところが、弁護士、医師、教師といったような職業だと、そもそもサービスの受け手がどういうサービスを受けるべきか分からない状態から出発します。たとえば、医師の場合、あなたはこう治療されるべきだとアドバイスするのが仕事です。患者が医学的に誤っていることを望んだ場合、それを認めるのは、果たして医師の仕事なのか、ということになります。教育についても、受験産業があっていろいろと混同されてしまいがちなのですが本質的には同じです。教師は、基本的に、生徒に対して、あなたはこれを勉強するべきだと判断して教えるのが仕事です。こういう場合は、第三者が最低限のラインを検証するのは容易ではありませんし、ましてや現実にすることができるのかどうか疑問が残ります。

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