ファイナンス 2022年8月号 No.681
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*2) 代替要員を確保しにくく、長時間労働になりやすい職業ほど、単位時間あたりの賃金も高くなる事象。そうした職業においては男性の割合が高いことが、米国の労働市場における男女間賃金格差を説明するとの研究が注目された。(神林)Claudia Goldinのいう長時間労働プレミアム*2の考え方は、彼女が有名だったので注目され、最近になって市民権を得た話ではありますが、人的資源管理論(Human Resource Management; HRM)の実務家の間では、長時間連続して働くことの生産性へのメリットとして古くから指摘されていました。生産性は、時間に応じて等比級数的に急激に上がっていくところで、労働時間に例えば8時間という上限枠を設けると、生産性の上昇を制約することになるといったようなことは、それこそ100年近く前から言われていたことです。実際に、企業の中には、そういった仕事の仕方をして生産性が高い人がいることは分かっていたわけで、それでこその「高度プロフェッショナル制度」の導入だったわけです。ところが、この論理を職業の区別や業務の遂行と結びつけ、全体の男女間賃金格差に影響を与えているという話はなされてきませんでした。Goldinの研究は、その連関に注目したのが非常に画期的なところです。日本においても、男女間賃金格差が生じる要因として、技術やマネジメントによる部分が少なからずあるかもしれないということで、実務家の人もかなり関心を持つようになるのではないかと思います。(上田)男女間賃金格差をなくしていこうとすると、長時間労働プレミアムを減らしていくことが求められるわけですが、一方で、従来のマネジメントの考え方としては、困難な仕事を乗り越えることによって生産性を上げることができるという側面も強調され、任された仕事は期限内に長時間労働を行ってでも絶対に実現するという経験を経ることで能力が上がるというキャリア形成観もあり、長時間労働が肯定されてきた面もあると思います。これについてはどのように考えておられますか。(神林)私自身はそうした議論についてはリベラルな立場です。長時間労働をしたい労働者は一定程度いるでしょうし、長時間労働でこそ成果がでる職場も一定を提供しているように思いました。程度あるでしょう。そういう人達に長時間労働はやめなさいと強制するのは原理的にはナンセンスだと思っています。ところが、好むと好まざるとにかかわらず、長時間労働せざるを得ない格好に落とし込まれてしまう人が少なからずいるところに大きな問題があります。長時間労働を、自発的にやっているのか、非自発的にやっているのかを区別するのは、非常に難しいと思います。ただ、長時間労働が強制されるような外的な条件を識別して変えることはできるはずなので、そういった部分はどんどん変えていく必要があると思います。たとえば、Goldinは、「タスク構成を独立して、切り分け可能なものにせよ」と提唱していますが、こういうやり方で外的条件を変えることは可能でしょう。ただ、この見方には強力な反論があります。むしろ包括的に仕事を与えた方が自分で自由に時間を管理できるため、長時間労働がなくなる、もしくは長時間労働があったとしても、実質的な仕事の密度、労働の強度を自由に調整することができるので、最終的に身体に対するダメージを軽減することができるようになるかもしれないという意見です。これは「請負型」で、実際にアウトプット、アウトカムで評価をしましょう、やり方は任せますということになります。日本的長期雇用では、一人一人が、仕事を請け負っているような形で長時間労働をやっているという面もあったかもしれませんね。伝統的な自営業の研究によれば、自営業主について統計をとると、10時間とか12時間といった長時間労3.「ジョブ型」と「請負型」(神林)Goldinのいうように、仕事を構成する一つ一つのタスクを独立したものにできれば、生産性が時間に対して逓増することが起こりにくくなるという見方は理解できます。これはいわゆる「ジョブ型」的な発想に近いと言えるでしょう。 46 ファイナンス 2022 Aug.

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