ファイナンス 2022年8月号 No.681
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*3) 現気候変動対策・ファイナンスに関する国連事務総長特使/GFANZ議長。2021年に開催されたCOP26(英国が開催国)における首相アドバイザー*4) 例えば、中期目標として2030年までの目標を設定している場合には、その中間目標として2025年時点の目標を追加すること等が考えられる。も務めた。1−2. 脱炭素化に向けた移行の信頼性確保に注目Stability Board))の議長でもあったマーク・カーニー氏*3によって行われた講演は、それを象徴するものとなった。カーニー氏はこの講演の中で、金融政策の時間軸が2~3年、金融危機のサイクルが10年程度であるのに対し、気候変動がもたらす影響は予測が困難であるため、金融市場への影響が顕在化してからでは手遅れになるという「時間軸の悲劇(Tragedy of Horizon)」という概念を提唱した。また、洪水等の気候関連の事象による資産価値の毀損等のリスクである「物理的リスク」や、低炭素経済への調整の過程から生じる「移行リスク」等が発現するにつれて、様々な資産のリプライシングが引き起こされる可能性があると述べた(Carney, 2015)。カーニー氏のリーダーシップが契機となり、FSBでも気候関連リスクを金融安定に影響を与えうるリスクとして捉えることとなり、カーニー氏が設立を主導した、民間実務家を中心とする「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures))」が2017年にまとめた最終報告書(TCFD提言)(TCFD, 2017b)は、企業による自主的な開示を促すとともに、気候関連の機会とリスクの管理の在り方についての枠組みを初めて示したものであった。その後、気候変動やESGがもたらす機会やリスクが投資家や企業に益々重視されるに従い、任意のESG開示枠組みや基準が乱立している状況による、情報の比較可能性、信頼性及び市場の透明性の確保が課題となった。こうした課題を解決するため、グローバルに統一された開示基準(ベースライン)の策定と、その土台としてのTCFD枠組みに基づく気候関連開示の義務化の必要性を求める声が高まり、2020年には、カーニー氏がCOP26に向けたスピーチの中でTCFD開示義務化への取組みを進めることを宣言した(Carney, 2020)。さらに、2021年には、国際会計基準(International Financial Reporting Standards)の設定主体であるIFRS財団が、新たな基準設定主体である国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board)を設置し、TCFD提言を基にしたグローバルなサステナビリティ開示基準(ISSB基準)策定に向けた検討を進めている。こうした動きに呼応して、同じく昨年、英国議長国下で行われた7か国財務大臣・中央銀行総裁会議(G7)において、TCFD開示の義務化を支持するとともに、ISSB基準策定の動きを歓迎する声明が出された。こうした中で、英国を中心とする各国においてTCFD開示義務化に向けた取組みが進んでおり、わが国においても、本年4月にスタートした東京証券取引所プライム市場の上場企業には、コーポレートガバナンス・コードに基づき、TCFDまたはそれと同等の国際的枠組みに基づく開示の質と量の充実が求められている。気候リスクは企業や金融機関の財務に関わるリスクであるという認識や脱酸素化に向けた投資への民間資金動員の重要性への理解が国際的に醸成されて以降、GHG排出削減に資する活動に投融資するグリーンファイナンスが存在感を増した。同時に、一足飛びの脱炭素化が難しい企業やセクター(高排出企業・セクター)の脱炭素化に向けた移行(トランジション)が重要であるとの認識から、これらの企業に対する投融資であるトランジションファイナンスが、国際的な注目を集める。その中でも、トランジションボンドについては、国際資本市場協会(ICMA(International Capital Market Association))の『Climate Transition Finance Handbook』(ICMA, 2020)において、2050年カーボンニュートラルに向けた道のりの信頼性を投資家が判断するための材料として、発行体企業に対し、科学的根拠のあるトランジション戦略の開示等を推奨するなど、企業や金融機関の移行に向けた具体的な計画の策定の要請が高まってきた。このような潮流を背景として、TCFDは2021年10月、TCFD提言の実施に向けた手引きである別冊(TCFD, 2017a)を改訂するとともに、補助ガイダンス『Guidance on Metrics, Targets, and Transition Plans』(TCFD, 2022a)を発表した。改訂版(TCFD, 2022b)では、中長期目標を掲げる企業には、それらの目標に対する中間目標を可能な限り追加すべきとした*4。さらに、金融機関に対しては、自身の排出量(Scope1)やエネルギー使 24 ファイナンス 2022 Aug.

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