ファイナンス 2022年8月号 No.681
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1脱炭素化に向けた金融機関を取り巻く *1) 本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織及び財務省の見解を表すものではない。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものであり、本稿は、本稿で紹介する文献やイベント参加者の発言の内容の正確性について何ら保証するものではない。引用にあたっては、漢数字を算用数字に直すなど、表記を変更している場合がある。また、特に断りのない限り、2022年6月28日時点の情報に基づいて記載している。*2) 経済産業省資源エネルギー庁(2022)によれば、世界全体のCO2排出量の79%、GDPの90%に相当。ファイナンス 2022 Aug. 23金融庁 総合政策局総務課国際室 前国際企画第二係長 秋元 虹輝*11−1. 企業や金融機関の財務リスクとしての気候変動情勢本稿では、金融業界を取り巻く脱炭素化に関する国際的な潮流を概説するとともに、こうした背景を踏まえ、金融庁が主催した国際シンポジウム“Transition to Net-Zero:The Role of Finance and Pathway toward Sustainable Future”の開催概要を紹介する。2015年にフランス・パリで開催された第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)において採択されたパリ協定では、世界全体の工業化以前からの平均気温の上昇を2度より十分に下回るものに抑える(2度目標)とともに、1.5度に制限するための努力を継続する(1.5度努力目標)こと、このために、今世紀後半に温室効果ガス(GHG)の人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡(カーボンニュートラル)を達成すること等が定められた。新興国を含む全ての締約国は、排出削減に向けた「国が決定する貢献(NDC(Nationally Determined Contributions))」の提出が求められ、2020年から目標達成に向けた運用を本格的に開始することとなった。これを契機に、気候変動問題の解決に向けた機運が国際的に高まることとなった。*1さらに、その後、気候変動に関する政府間パネル(IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change))は、2018年に『IPCC Special Report on Global Warming of 1.5℃』(IPCC, 2018)を発表し、1.5度努力目標を達成するためには、2050年頃にカーボンニュートラルを実現する必要があることを指摘した。こうした流れを受け、わが国を含む150以上の国と地域*2が2050年等の年限を区切ったカーボンニュートラルの実現を表明する(経済産業省資源エネルギー庁, 2022)など、気候変動に対する更なる危機感が世界的に共有されることとなった。わが国においても2020年10月、第203回国会の所信表明演説において、当時の菅義偉 内閣総理大臣が「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すこと」を宣言した(首相官邸, 2020)。また、2021年4月には「2030年度において、温室効果ガスの2013年度からの46%削減を目指すことを宣言するとともに、さらに、50%の高みに向け、挑戦を続けていく」ことを表明した(外務省, 2021)。このような国際的なコミットメントを背景として、脱炭素化の流れが金融リスクになりうるといった見解が、金融市場、金融当局や中央銀行の間にも波及した。特に、パリ協定や各国政府によるカーボンニュートラルの表明は、GHG排出量規制等の政策対応の高まりを予期させるものであった。また、洪水や暴風雨といった気候変動の影響が顕在化し始めてきたこと、脱炭素化に向けた消費者・投資家嗜好の変化の兆しが見えてきたこと等から、気候変動関連リスクが企業や、企業に投融資を行う金融機関の財務に関わるリスクとして捉えられるようになった。パリ協定の採択された2015年9月に、当時イングランド銀行総裁であり、また、金融監督当局、財務省、中央銀行、国際機関や金融分野の国際基準設定主体等の代表者間で国際的な金融システムの安定に係る課題について議論を行う金融安定理事会(FSB(Financial 脱炭素への移行と金融の果たす役割

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