ファイナンス 2022年8月号 No.681
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5その他の論点5.1 XVAとはSIMMにおける簡易化は合意の工夫と解釈することも大切(例えば金利については2週間、1か月、3か月、6か月、1年、2年、3年、5年、10年、15年、20年、30年毎に感応度を計算します)。もっとも、前述の通り、このような単純化は、金融機関毎に似た値を算出するための工夫と理解することも非常に重要です。VaRの計算では、計算に用いるデータの期間を少し変えるだけで、全く違う値になることが頻繁に起きます。その背景には、データの期間を変えることで、ボラティリティや相関係数の値が大きく変わることがあります。逆に言えば、SIMMにおいてボラティリティと相関係数が指定されていることで、各金融機関で算出される証拠金の金額が似通ったものとなり、合意しやすい証拠金を算出することが可能になるとみることもできます。また、あくまで感応度を計算するためのモデルは各社に裁量がある点にも目を向ける必要があります。例えば金利感応度では、𝑠𝑘=𝑉(𝑟𝑘+1𝑏𝑝)-𝑉(𝑟𝑘)という抽象的な関数で評価されていましたが、これは感応度を計算するモデルの選択が許容されているとみることもできます。プロダクト・クラス毎に算出された証拠金を合算ここまで金利を例として用いてきましたが、SIMMにおけるアセット・クラス(プロダクト・クラス)は、金利・為替、クレジット、株、コモディティに分類されており、それぞれで算出されたVaRを合計することで証拠金の金額を計算します。具体的には、という計算をします。これは金利だけでなく、クレジットや株、コモディティについて単純合計することで証拠金を計算しているわけですが、これはプロダクト・クラス間での分散効果が働かないこと(相関係数が1)を意味しています。このような仮定は、VaRを算出する上で保守的な計算をしていると解釈することができます。以上がSIMMの特徴になりますが、ここまで線形代数を用いた説明をしてきたため、感応度に立脚してVaRを計算することで、計算が簡易化されることのイメージは付きにくいかもしれません。実際に計算してみると最低限の線形代数の知識さえあれば非常に簡単にVaRを計算できることが実感できるため、詳細を知りたい読者はリスク管理に関する実務家のテキストを参照することをお勧めします。また、本稿ではSIMMのイメージを掴むことを目的としているため、金利のデルタのみに焦点をあてましたが、実際にはヴェガ(Vega)や非線形リスク(Curvature)も考慮されています。その詳細を知りたい読者はSIMMのドキュメントやAndersen and Pykhtin(2018)などを参照してください。最後に、服部(2022)や本稿において取り上げられなかったその他の論点について簡潔に整理します。例えば読者が金融機関とOTCデリバティブ取引の契約を結ぶ際、取引相手となる金融機関の信用力が高い場合は安心して取引できます。しかし、仮に取引相手の信用力が低いケースでは、その分不利(カウンターパーティ・リスクが高い)な契約だと考えられます。そのため、実際に取引する際には、信用力が低い相手の場合、取引価格にその分の調整を求めることが合理的に思われます。現在、デリバティブの価格にこの調整を行う慣行が普及しており、「信用評価調整(Credit Valuation Adjustment、CVA)」と呼ばれています。CVAとはいわばカウンターパーティ・リスクの市場価値に相当するものですが、金融危機時にカウンターパーティ・リスクが顕在化したことから、OTCデリバティブ取引においてカウンターパーティ・リスクを考慮する必要性が高まりました。CVAの直観的なイメージは、貸出における貸倒引当金に類似しています。貸出では、貸出先が倒産する可能性を考慮し、その確率や倒産した際の回収率を見積り、貸倒引当金を計上することが通常です。OTCデリバティブ取引においても、貸出と同様、相手がデフォルトすることにより損失を被るのですから、カウンターパーティがデフォルトした場合を見越して引当金を積む必要があ 20 ファイナンス 2022 Aug.

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