ファイナンス 2022年8月号 No.681
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*9) 詳細はグレゴリー(2018)のp.171を参照してください。*10) IMビッグバンについてはコロナの影響から2回延期されています。詳細は下記を参照してください。 *11) 証拠金規制における当初証拠金は、このように分別管理やその証拠金の運用ができないことから、この規制の対象となる金融機関は、差し出す証拠金https://www.fsa.go.jp/news/r1/shouken/20190924-1.htmlhttps://www.fsa.go.jp/news/r1/shouken/20200415-1.htmlを調達する中で金利負担が発生する一方、受け取った証拠金を運用できないため、大きなインパクトがあるとされていました。*12) ここでの定義は富安(2014)を参照とした書きぶりをしています。詳細は同書のp.282を参照してください。*13) グレゴリー(2018)でも証拠金規制における「担保は『誤方向』、すなわちカウンターパーティのデフォルトと相関するものであってはならない」(p.170)と指摘しています。証拠金規制入門ファイナンス 2022 Aug. 152.5 証拠金の管理および適格担保いては規制対象になっていない点も大きな特徴です。為替スワップや通貨スワップはそれぞれ最も取引されているOTCデリバティブ取引の一つといえますが、標準化が困難である等を理由に、中央清算機関では清算されていません(為替スワップや通貨スワップの詳細は服部(2017)を参照してください)。その意味では証拠金規制の対象になりますが、あくまで金利リスク部分に証拠金が求められ、元本部分の為替リスクについては求められていません(もっとも、グレゴリー(2018)は証拠金規制においてこのような措置に異論もあると指摘しています*9)。証拠金規制は、2016年9月から導入が始まりましたが、当初はグループ全体で対象となるデリバティブの想定元本が420兆円を超える巨大な金融機関から導入が始まり、その後、順次、導入がなされています。最終段階のフェーズ6においては、地域金融機関や生命保険会社等へも適用され、その影響が大きいことから、当初証拠金を示すIM(Initial Margin)を用いて、「IMビッグバン」ということもあります*10。上述のとおり、分別管理など金融危機を防ぐという観点で様々な規制が敷かれているわけですが、証拠金規制において、受け取った当初証拠金を運用できない点も重要な特徴です。変動証拠金は、日々の時価の変動を受け渡しますから、勝ち負けを相殺することもできますし、受け取った証拠金を運用することもできます。しかし、証拠金規制における当初証拠金については、例えばレポに出すなどの形で運用することは認められておらず、いわば金庫に入れておくというイメージで保管することが求められています。証拠金規制ではお互いに多くの当初証拠金を受け取るわけですが、これはあくまでデフォルトしてからクローズアウトするまでに用いる資金であり、この証拠金を用いて、高いリスクを有する資産で運用を行うとすれば本末転倒といえます*11。3証拠金規制とCSA契約これまで証拠金規制における証拠金の取り扱いについて説明してきましたが、実際の証拠金の受け渡しはCSA契約に基づいてなされます。その意味で証拠金規制は、証拠金規制が求める内容と整合的なCSA契約を義務化する規制という側面も有しています。そもそも、清算集中義務や証拠金規制が始まる前から、特に大手の金融機関では証拠金を受け渡す慣行が広がっていました。デリバティブ市場では、ISDA(International Swaps and Derivatives Association)と呼ばれる業界団体が存在し、ISDAが作成したデリバティブ取引に関する基本契約の雛形が広く使われています。これはISDAマスターと呼ばれており、OTCデリバティブ取引の契約書の業界標準になっています。CSA契約とは、ISDAマスターにおける付属(Annex)契約であり、デリバティブ取引における担保に関する契約はCSA契約を通じてなされています。実際にどのような資産で証拠金の受け渡しをするかについても、証拠金規制ではシステミック・リスクを防ぐため、保守的な措置が取られています。例えば、証拠金に用いることができる資産は、現金などの流動性が高い資産でなければなりません。仮に流動性が低い資産を差し出した場合、ディスカウント(ヘアカット)される設計がとられています。特に金融危機時にはいわゆる誤方向リスク(Wrong Way Risk)が問題視されました。誤方向リスクとは、カウンターパーティの信用力とエクスポージャーの大きさが逆相関を持っている、すなわち、デリバティブ取引のエクスポージャーが大きくなる場合に、カウンターパーティの信用力が悪化し、デフォルトの確率が上がるという状況を指します*12。誤方向リスクが金融危機を深刻化させたとの反省から、BCBSにおいて誤方向リスクの適切な管理の重要性が指摘されました。証拠金規制において、このように差し出せる資産を限定している点は誤方向リスクへの対応と解釈できます*13。

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