ファイナンス 2022年8月号 No.681
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*3) デリバティブの時価が少しが動いただけで証拠金を受け渡さなければならない場合、その事務負担が大きくなります。そのため、7,000万円を上限とする最低引渡額を設定することができます。*4) 標準的手法についても、例えば、複雑な商品についてモデルでの計算ができないなどを理由に使われることがあります。*5) 信託又はカストディアンに預託することが求められています。証拠金規制入門ファイナンス 2022 Aug. 132.2  保有期間10日間の99%ヒストリカルVaR2.3 証拠金の分別管理拠金と変動証拠金に分かれます。変動証拠金はデリバティブの時価が変化した場合、その都度受け渡す証拠金である一方、当初証拠金とは、金融機関がデフォルトした場合、クローズアウトするまでのリスク(ポテンシャル・フューチャー・エクスポージャー)に対処するための証拠金といえます。我が国の証拠金規制では当初証拠金と変動証拠金それぞれに規制が課されており、前者はマーケットの変動等を勘案して必要に応じて受け渡す一方、後者は一定の金額を超えた場合*3、日次で受け渡すことが求められています。証拠金規制の肝は当初証拠金にあるといえます。たしかに、当初証拠金そのものは金融機関の間でCSA(Credit Support Annex)契約を通じて金融危機前から受け渡しがなされていたといえます(CSA契約については後述します)。しかし、証拠金規制の導入により、当初証拠金を受け渡すことのルールが明確化されたという意味で、証拠金規制の導入はそれまでにない非連続的な変化といえます。詳細は後述しますが、証拠金規制では、破綻時にその担保が返ってこなくなることを防ぐために信託やカストディアンに分別管理する(相手先の破綻リスクから遮断する)ことを求めるほか、証拠金の算出方法が具体的に定められました。前節では証拠金規制において当初証拠金が重要である点を強調しましたが、まず、読者に抱いてほしいイメージは、保有期間10日間の99%ヒストリカルVaR(Value at Risk)で(証拠金規制における)当初証拠金を計算するというものです。VaRとは過去のデータに基づき算出される統計的なリスク計測手法です。保有期間10日間の99%ヒストリカルVaRとは、過去のマーケットデータに基づき、1%番目に大きな損失額を、そのポジションにおけるリスク量にするという考え方です。例えば、過去5年のデータを取得し、あるデリバティブの10日間の価格の変化を計算したうえで、損失率が大きいデータから順番に並び替え、1%番目に損失率が大きいデータが、5%の価格の下落であったとします。この場合、仮にそのポジションが1億円であれば、500万円を当初証拠金として受け渡すということです。服部(2022)では中央清算機関でクリアリングする場合における当初証拠金の算出方法は、保有期間5日間の99%期待ショートフォールと説明しましたが、証拠金規制では、保有期間が5日から10日と2倍になっている点に注意してください(保有期間が5日から10日になっているのは中央清算機関の場合、クローズアウトの期間が短いからですが、詳細は服部(2022)を参照してください)。実際の当初証拠金の算出にあたっては、「標準的手法」と「内部モデル法」という2つの方法が認められています。前者はデリバティブ取引の想定元本に「掛け目」を掛け合わせる形で簡易的に計算がなされますが、筆者の理解では「標準的手法」は、「内部モデル法」で計算した場合に比べ、証拠金の金額が大きくなること等を背景に、「内部モデル法」が用いられる傾向があります*4。服部(2021a)で説明しましたが、VaRはデュレーションなどと異なり、様々な資産のリスク量を統合化できるというメリットを有しています。ある金融機関に膨大な取引があったとしても、それを統合することで、「今のポジションのリスク量は〇〇億円です」という形でリスク量を集約することができるわけです。証拠金規制ではその集約したリスク量を証拠金の金額として用います。実際にVaRを計算するにあたっては、Standard Initial Margin Model(SIMM(「シム」と読みます))と呼ばれる業界標準のモデルがあるのですが、その詳細は後述します。証拠金規制において当初証拠金が重要である点を強調しましたが、「分別管理」*5が求められている点も重要な特徴です(一方、変動証拠金に関しては分別管理は不要であり、ネッティングされる点に注意してください)。例えば、読者が金融機関のトレーダーで、他の金融機関Aと取引をしたとします。その場合、前述のとおり、保有期間10日間の99%VaRに立脚して当

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