ファイナンス 2022年7月号 No.680
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*16) FATF(2021), op.cit., P.18-19, 39-4088.The companies also provided data on virtual asset transfers characterized as illicit by the companies. The following two graphs shows the proportion of identified のである(図表5)。以上を総合して、未来社会の仮想的状況を考えてみよう。世の中では、ステーブルコインが大きな通用性を持ち、法定通貨に迫る決済媒体としての地位を占めている。ネット上の通販サイトはおろか、現実世界の店舗でもステーブルコインでの支払いを受け付けており、また、麻薬等の違法取引も、ステーブルコインを介して行われることも多い。即ち、表裏両方の社会において、ステーブルコインが主要な交換手段の一つとなっている。そしてP2P取引の普及により、若干なりともITリテラシーがある人々は、何れの業者も仲介することなく、直接にステーブルコインのやり取りをしている。このような社会において、マネロン規制をはじめとする地下資金対策を有効に行うことは、最早不可能と言わざるを得ない。P2P取引の下でも、全てのステーブルコインの通貨経路が完璧に辿れ、しかもそれを個人と逐一紐付けられるような、技術上の革命的なブレイクスルーがあれば話は変わって来るかも知れないが、少なくとも現在のところ、そのようなものは確立されているとは言えないのである。金融包摂・利便性の向上といった観点からは、安定的な決済機能を持つステーGraph 2: Proportion of bitcoin transactions which occur without a VASP between 2016-2020 (left: number of transactions;12 right: USD value13) 図表5:ビットコイン取引の内、P2Pの占める割合推計(左は取引数ベース、右は金額ベース)。それぞれの折れ線は、推計を算出した各機関に対応するが、それらの間には著しい幅がある。(出典:FATF(2021))ブルコインの普及、そして、それが個人間でも自由にやり取りできるようになることは、望ましいことだ。しかしここでも、その反射効として我々の社会が同時に如何なるリスクを引き受けざるを得ないかは、十分に認識しておく必要がある。国際社会は、既往の金融システムを前提に地下資金対策の枠組みを時間をかけて築き上げてきたが、眼前で起こっている技術革新は、それを根こそぎ瓦解させ得る力を持っていると言っても、決して大げさではないのだ。なお、P2P取引の普及に伴うリスクについても、ステーブルコイン同様、FATFのガイダンスにおいては言及がなされている*16。しかし、これら2つのリスクが単に数あるリスクの中の一つではなく、現在の地下資金対策に致命傷を与え得る、決定的なゲームチェンジャーであるというまでの認識は、未だに醸成されていない。これも正に、地下資金対策の世界において、巨大な問題でありつつも真正面から取り上げられていない、「部屋の中の象(elephant in the room)」(第4章参照)の例と言えよう。国際社会は今、レトリカルなポージングではなく、本当の意味でこの象達と向き合わざるを得ない局面を迎えている。26Second 12-Month Review of the Revised FATF Standards on Virtual Assets/VASPs 46 ファイナンス 2022 Jul.

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