ファイナンス 2022年7月号 No.680
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*12) Updated Guidance for a Risk-Based Approach:Virtual Assets and Virtual Asset Service Providers, FATF, October 2012, P.17-18*13) FATFは2014年の段階から仮想資産に係る調査等を行っていたが、これを踏まえ2018年10月、勧告15及び用語集にVA/VASPの要素を導入。2019年6月、勧告15に係る解釈ノートを改訂し、基準適用の態様を明確化。2019年6月には関連ガイダンスを策定し、2021年10月には同ガイダンスを改訂(前掲)。これらの動きはG20財務大臣・中央銀行総裁プロセスともリンケージを持たされている。また、我が国は2017年に仮想資産に係る包括的な法律を一早く制定した(以下参照)。岡田瞳『仮想通貨交換業者におけるマネロン・テロ資金供与対策のあるべき姿:国際的要請も高まるなかで、リスク管理態勢の整備は急務』金融財政事情、2018年3月19日*14) 筆者の所属するIMFも、かかるFATF基準の中での暗号資産への対策強化を各国に慫慂している。 Nadine Schwarz, Ke Chen, Kristel Poh, Grace Jackson, Kathleen Kao, Francisca Fernando & Maksym Markevych, Fintech Notes:Virtual Assets and Anti-Money Laundering and Combatting the Financing of Terrorism(1), Some Legal and Practical Considerations, October 2021Nadine Schwarz, Ke Chen, Kristel Poh, Grace Jackson, Kathleen Kao, Francisca Fernando & Maksym Markevych, Fintech Notes:Virtual Assets and Anti-Money Laundering and Combatting the Financing of Terrorism(2), Effective Anti-Money Laundering and Combatting the Financing of Terrorism Regulatory and Supervisory Framework – Some Legal and Practical Considerations, October 2021*15) Second 12-Month Review of the Revised FATF Standards on Virtual Assets and Virtual Asset Service Providers, FATF, July 2021 FATFが2020年から実施している、各国における暗号資産に係るAML/CFTの取組状況フォローアップ。ファイナンス 2022 Jul. 45ろである*12。更に、これまでの暗号資産を巡る議論の前提は、犯罪収益を再投資又は費消する場合には、決済機能として通用性が高い円・ドル・ユーロ等の法定通貨(フィアット)に換金する必要があり、その段階で不正な資金を捕捉できるであろう、というものであった。確かに、暗号資産について言えば決済機能としての地位が極めて弱く、将来的にもその状況は大きく変わらないと思われる。他方、法定通貨と連動し価値が安定したステーブルコインは、このような機能を潜在的に持ち得るものである。そうであれば、法定通貨への換金という、犯罪収益が「尻尾を出す」タイミングが消滅してしまい、上記の前提は成り立たない。ステーブルコインの登場が、一つの大きなゲームチェンジャーと言えるのは、そのような理由からである。フェイスブック社(当時)が、初めての本格的なステーブルコインとして、2019年にリブラの創設を提唱した時、各国政府の警戒感は非常に強かった。その背景には、それがその当時新しいコンセプトであったことと同時に、フェイスブック社が以前に情報流出等の問題を引き起こし、同社に対する茫漠たる不信感がベースにあったこと等も寄与したものと考えられる。それから時は経って、当局の警戒感もいつの間にか薄れ、現在ではその他のステーブルコインが、かなりの存在感を持ちつつあるという現実がある。繰返しになるが、利便性・金融包摂の観点から、このような社会の進歩は頭ごなしに否定的に捉えるべきものではない。しかし、それによってトリレンマのもう一つの要請である安全性がどのような形で、どの程度後退を強いられるのか、そして、それを甘受する用意が社会にあるのかは、今一度問い直す意味があるのではないか。もう一つのゲームチェンジャーは、特定の業者を仲介させない、個人間でのP2P(Peer to Peer)取引の普及である。FATFは2018年以降、累次、デジタル資産をその射程に収めるべく関連文書の策定・改定を行ってきている*13。これは大きな成果として評価し得る一方、現状におけるFATFでの暗号資産の取扱いは、官民のバーデン・シェアリングとして金融機関等にゲートキーパー機能を果たさせるという地下資金対策の従来の基本構造を、原則としてそのまま踏襲したものである。即ち、暗号資産交換業者(VASP)をゲートキーパーとし、顧客に係る顧客管理を行わせることが、FATF基準全体の適用の基礎となっているのだ*14。他方、このような構造を取る以上、VASPを介在しない取引については、規制の網からその大部分がそっくり抜け落ちてしまうのは、当然の帰結である。これも、マネロンにおける現金使用の容易性になぞらえれば理解し易い。つまり、銀行のような第三者を介さない個人間の現金の収受に関しては、水際でカネの流れに関わる人物を集約して把握することも、事後的に追跡することも不可能である。P2Pでの暗号資産の取引普及は、個々人が自由に、金額の多寡を問わず現金を自由にやり取りできてしまうのと同様の状況を、仮想空間において具現化することだと言い換えられる。なお、正に世界で日々どれだけ現金のやり取りがなされているかを正確に把握する術がないのと同様に、P2P取引がどの位のボリュームを占めるのか、そもそも現状では全く分かっていない。FATFは、P2Pでのビットコインの取引割合を、複数の機関に推計させ公表しているが、例えば金額ベースの数値で言えば、その割合は2016年では5%~91%、2020年では3%~80%と、推計を行った機関によって著しい幅がある*15。どのような対策を取るかといった方法論以前の問題として、我々は、今この瞬間におけるP2P取引の規模という、最も基本的な情報すら、掴めていない

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