ファイナンス 2022年7月号 No.680
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*11) 山岡浩巳『マネロン規制は「金融のデジタル化」が広げた新たな地平:金融取引の利便性向上と犯罪抑止の両立が重要な課題に』金融財政事情、*6) 複数の送金元からのコインをプールした上で、それを再配分する方法であり、ビットコイン、ダッシュ、イーサリアムといった多数の暗号資産で利用可能。第三者たる仲介者(タンブラー)が複数の出元のカネを振り混ぜた後、それぞれの希望の宛先に送金する仕組み。暗号資産においては、この仲介者はミキシング・サービス事業者という形をとっている。この他に、実際の送金元にダミーの送金元を複数加えることで送金元を特定できなくする、リング署名と呼ばれる技術もあり、これはモネロにデフォルトで搭載されているもの。これについては、理論的には全ての署名をしらみつぶしに調べて行けばいつかは真の送金元にたどり着けるが、ダミー送金元はたくさん入れ込むことができる上、複数の主体を介在してこのプロセスを繰り返せば、送金元をたどる分岐点は指数関数的に増えていくことになり、現実問題としては始まりの真の送金元に到達することは不可能である。*7) ブロックチェーン上に記録する取引を最小限に留め、それ以外の取引をブロックチェーンの外側(オフチェーン)で行う仕組み。これにより、ブロックチェーン上に記録されるのは最初と最後の取引のみであり、途中の取引履歴は記録されない。この技術は、元来はブロックチェーンでのデータ処理にかかる負荷を減らすことで取引の高速化・低手数料化を図り、少額取引も含め、暗号資産の使い勝手を良くする目的で開発されたが、匿名化の目的でも広く用いられている。*8) 一義的にはライトニング・ネットワークと同様、スケーラビリティ向上を目的としたもの。複数のトランザクションについての計算を、いわば入口と出口の「帳尻を合わせる」だけの計算に集約し、検証負荷を下げる(トランザクション・カットスルー)等の方法を取る。この過程でブロックチェーン・データの不要な部分は削除してしまうため、結果として取引経路の再識別は困難となる。*9) 技術概要を比喩的に説明すると、手紙が何重にも封筒に入れられており、一番上の封筒には次の転送先の郵便局(中継ノード)のみが書いてある。その郵便局に送達されると、そこで初めて外側の封筒を開くことができ、次の送付先を見ることができるような仕組みになっている。それを繰り返すことで、最初の通信元のIPアドレス及び通信内容は、中継ノードを含めた第三者から見えない状態となる。インターネット自体、元来は軍事目的で開発された技術であることは良く知られているが、そこでの通信を匿名化するオニオン・ルーティングの技術も、90年代から米軍関係の研究機関で開発が行われたものである。そしてこの技術は、現在では悪名高いダークウェブを支える基盤としても知られる。*10) Midterm report of the Panel of Experts submitted pursuant to resolution 2464(2019), Panel of Experts, 1718 Sanctions Committee(DPRK), United Nations Security Council加藤もえ『北朝鮮制裁専門家パネルによる第3回中間報告書の概要』CISTEC Journal No. 185, 2021年1月2019年9月16日 44 ファイナンス 2022 Jul.2つのゲームチェンジャーより具体的には、(1)のレイヤーについては例えばミキシング*6に代表される、複数の取引情報を撹拌してしまう類型と、記録自体を何らかの方法で不可視化してしまう、ライトニング・ネットワーク*7やミンブルウィンブル*8のような類型があり、それぞれ高度な匿名化を実現できる。(2)のレイヤーに係る技術の典型例は、オニオン・ルーティングである。これは、送信者と受信者のアドレス情報を、玉ねぎ(オニオン)のように重層的に暗号化することによって、真の送信者と受信者が特定されることを防ぐものである*9。さて、(1)及び(2)のレイヤーでの匿名性のベールを何とか剥ぎ取り、行為者のIPアドレスまで辿り着いたとしよう。しかし、マネロン等は実世界の出来事であり、捕えるべき対象は電磁的情報に過ぎないIPアドレスではなく、生身の人間である。最終的には、そのアドレスから当該行為者まで辿り着かなければ意味がないが、この(3)のレイヤーにおける追跡可能性の遮断は、最も技術的知識を伴わない形で可能である。即ち、公共の場でのフリーWifiを使用したり、取引に使う端末を中古市場から他人名義又は架空名義で現金で購入する、といった原初的な手法で、使用したディバイスと行為者の紐付けを、断ち切れてしまうのだ。このように、現行の技術を前提とすれば、望ましいセキュリティ水準を直ちに確保することは困難であることが、既に明白であると言わざるを得ず、漠然とこれらの技術に期待した楽観的立場を取ることは適切ではないだろう。利便性・金融包摂の観点から暗号資産を推進するのであれば、その反面で地下資金対策上の要請は大幅に妥協せざるを得ないという事実を、正面から認識し受け容れる必要がある。そして、現状においてすら対応が困難な事態に、更に拍車をかけるのが、以下の2つのゲームチェンジャーである。最初のゲームチェンジャーは、ステーブルコインである。ステーブルコインは、法定通貨等の裏付けがあり暗号資産より「安全である」、との漠然とした理解から、地下資金対策上のリスクについても、暗号資産と比較して小さいかのようなイメージを持たれているようにも思うが、マネロン等への悪用可能性を考えた場合、実態はその逆である。そもそも、デジタル資産それ自体を窃取の対象とする場合と、麻薬犯罪等の他の前提犯罪による収益を隠匿する純粋な媒体として、デジタル資産を用いる場合は分けて考えねばならない。前者には、個人によるもの、犯罪組織によるもの、更に北朝鮮のような国家的アクターによるものまでが含まれる*10。他方、マネロン規制の対象としてまず考えるべきは、言うまでもなく後者である。その際、犯罪組織の目線に立ってビジネスとして犯罪を見た場合、大切な収益を化体させる対象としては、価値の変動が少ないステーブルコインの方が安心である。乱高下する暗号資産は、収益の一部を投機的に投資する対象とはなっても、恒常的な価値保存の媒体とはなり得ない。従って、ステーブルコインの普及は暗号資産と同等かむしろそれ以上に、マネロン上はリスクと捉えるべきであり*11、事実それは、FATFも警鐘を鳴らすとこ

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