ファイナンス 2022年7月号 No.680
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*4) 染谷豊浩・白井真人・佐藤雄一『「アナリティクス」の活用でマネロン対策の高度化を:「経験ベース」の顧客リスク格付けの定期的な見直しに有効』金融財政事情、2020年11月20日青木武『マネロン対策におけるAIの活用』金融財政事情、2019年9月2日白井真人『疑わしい取引検知のカギを握る的確なシステム対応:業務要件の十分な検討、システムの計画的導入が必須』金融財政事情、2018年9月24日【官】国としてのリスク分析・共有【官】事業者の措置実施のための法令・インフラ整備、監督【官】提出された情報の活用、捜査・訴追、国際協力①リスクの特定・評価(資源配分)②顧客管理等・金融制裁の実施(水際措置)③捜査の端緒の獲得~処罰(事後対応)【民】業態・個社ごとのリスク分析【民】本人確認・顧客管理・取引謝絶、金融制裁の実施【民】疑わしい取引報告の提出図表3:地下資金対策の各段階(再掲・筆者作成) 42 ファイナンス 2022 Jul.追跡可能性の技術的限界そして、このトリレンマと並んで「3」という数字をキーワードとした着眼点として、デジタル資産に関連する議論にまつわる、以下の3つの落とし穴がある。1つ目は、デジタル資産を地下資金対策の射程に収めようという際に、ともすれば、地下資金対策の全体像が忘れられがちである点である。暗号資産についての、FATFを中心とする国際的議論は、現在、ようやく対策の第2段階である水際措置に係る部分までが充実し始めた、といったところである。しかし、既に累次説明した通り、地下資金対策としては、最終的には不正を検知した場合の捜査・訴追や没収等の事後対応までを含めて、はじめて完成するものである(図表3)。議論の進展は歓迎すべきであるが、真のゴールラインがどこにあるかを見失ってはならない。この点にも関連した2つ目の落とし穴は、技術に対する過信である。具体的には、デジタル資産を可能にした技術の力を地下資金対策にも応用することで、セキュリティ面の不安を払拭できるというものだ。しかし、残念ながら現状のテクノロジーには、規制を実施する側よりも圧倒的にそれを潜脱しようとする側に有利に働くという、著しい非対称性を認めざるを得ない。現在の技術水準を前提とした場合、第2段階の水際対策、及び第3段階の半分である疑わしい取引の提出までは、取引態様等に基づくリスク分析等がある程度は有効と考えられる場合も多い。しかし、そこから更に行為者を特定しての捜査・訴追となると、現状の技術水準は未だ求められる水準には程遠いものだ。これは、暗号資産に係る追跡可能性の論点と言い換えることができる。最後に、上述のような非対称性を、更に一気に強化し得るような非線形の変化をもたらす要因、即ち「ゲームチェンジャー」の存在を意識しない議論に陥ることが、3番目の落とし穴である。より具体的には、仮想資産とステーブルコインは今や「暗号資産」の名の下で一まとまりとして議論されることも多いが、それが社会に及ぼすインパクトにおいては、明確に非線形の変化が存在する。更に、VASP等の業者を介さない個人間のP2P取引の普及も、地下資金対策上全く別次元のリスクをもたらし得るゲームチェンジャーとして位置付け、地下資金対策上の問題点につき、議論を行っていかなければならない。以下、このような総論的な枠組みを前提に、検討を進めていく。金融(Finance)と技術(Technology)を足し合わせて、「フィンテック(Fin-tech)」という言葉が使われるようになってからもう大分経つが、昨今ではこれと並び、規制(Regulation)や監督(Supervision)への技術の応用という意味で、「レグテック(Reg-tech)」や「スプテック(Sup-tech)」という単語も用いられるようになった。暗号資産の世界においても、その利便性向上の要請に応えるのみならず、民間事業者の顧客管理や当局の規制の側にも、積極的に技術を活用する可能性が模索されている。確かに、技術の発展は日進月歩であり、今後の可能性については大いに期待したいところである。他方で客観的に現状を見れば、現時点までで確立されてきた様々な技術の本質は、多くの顧客や取引に係る属性を分析し、マネロン等の地下資金に関係しているリスクをウェイト付けする、というものに留まる*4。この点、理想的にはマネロン等に係る個別の資金の流れを把握し、最終的には捜査・訴追・没収に結び付けることまでが求められることは言うまでもない。実際、そのような技術も足許で開発されてきてはいるが、捜査当局との連携手法も含めまだ発展途上と言わざるを得ない。詰まるところ、地下資金対策の第3段階において、

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