ファイナンス 2022年7月号 No.680
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*2) 羽渕貴秀『Q&A FATF「改訂暗号資産ガイダンス:ステーブルコインやNFT等デジタル資産の概念を整理」』金融財政事情、2022年1月4日*3) 一国が対外的な通貨政策を取る時に、(1)為替相場の安定、(2)金融政策の独立性、(3)自由な資本移動、の3つのうち、必ずどれか一つをあきらめなければならないというもの(出典:国際通貨研究所HP)。:中央銀行デジタル通貨暗号資産(金融包摂の要請)(デジタル人民元等)仮想資産(ビットコイン等)(地下資金対策上の要請)安全性利便性プライバシー(人権保障のステーブルコイン(テザー等)ファイナンス 2022 Jul. 41要請)図表1:本稿における用語方法の統一。一般的な用法と異なる場合もある点、要注意。(筆者作成)図表2:デジタル資産を巡るトリレンマ(概念図・筆者作成) 1.デジタル革命と地下資金対策トリレンマと3つの落とし穴最終章となる今回は、このデジタル技術革命が地下資金対策にもたらす光と闇とでも言うべき、最も今日的な課題について論じていく。ここで取り上げる領域は新しい分野であり、未だに複数概念の間の揺らぎがしばしば起こるため、まず本稿における用語方法を統一しておく(図表1)。本稿においては、ビットコイン等のいわゆる「仮想資産(Virtual Asset)」と、これと同様にブロックチェーン技術に依拠しつつも、その価値に法定通貨等の裏付けを持つステーブルコインを総称して「暗号資産(Crypto Asset)」、更にこれに、中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)を加えて「デジタル資産」と呼ぶことにする。歴史を遡れば、最も早くビットコイン等を指す呼称として定着した用語は「仮想『通貨』(Virtual Currency)」であったが、通貨の裏付けがないものを『通貨』と呼ぶことは適切でない等の理由から、我が国は、もう一つの呼称である「暗号資産」を広く採用している。他方で国内においても、暗号資産に係る交換業者は、2つの呼称のハイブリッドである「仮想資産」に対応する「VASP(Virtual Asset Service Provider)」との呼称が広く使われる等、和名・英名の不整合も見られる。また、現在FATFでは、一般的にステーブルコインまでを含めて「仮想資産」と称しているが*2、すると今度は、ステーブルコインを除いた補集合を上手く切り取れない、という問題が生じる。これは、後述の通りステーブルコインの登場をゲームチェンジャーと考え、ビットコイン等と明確に峻別したいという立場からは不都合だ。更に、CBDCまでを含めた3つの総称としては、世間一般には「デジタル『資産』」よりは「デジタル『通貨』」の方が人口に膾炙した呼称であるが、上記の『通貨』という語に係る経緯を考えれば、仮想資産までを含む上位概念に『通貨』という呼称を与えることは適切でないと考えられるため、ここでは「デジタル資産」とするものである。以上のような混乱は、単なる表面上の単語選択の問題ではなく、正にこの新たな存在をどのように概念構成するかの、試行錯誤の投影と言えよう。デジタル資産さて、各論に先立ち、以下の大きな視座を提供しておきたい。まずは、デジタル資産を巡るトリレンマの存在である。一般的に、3つの要請があるがそれらを同時に達成することが不可能な関係にあるものを、「トリレンマ」と呼ぶ。政策の世界でこのカテゴリーに類するものとしては、国際金融のトリレンマ*3が良く知られているが、デジタル資産についても、同様の「三すくみ」の状況が存在すると考えられる。それは、地下資金対策上の安全性と、金融包摂を含めた利便性、そして、人権保障の観点からのプライバシー保護の3つの要請を、完全な形で同時に実現することはできない、という緊張関係である(図表2)。この関係性は、後述の通り、究極的にはこれらの3つの要請をどこでバランスさせるかという、政治的な価値選択を迫るものである。

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